渡月橋での思い出

そこから、僕は頭に鉢巻を巻いて法被を羽織り、新選組の隊士の格好で、京都の街を旅することになる。テレビに出ていた大木さんではなく、全くテレビに出ていない僕を、みんなチラチラと見て、写真をこっそり撮る人もいた。

『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』(著:田中 卓志/新潮社)

「新選組っていうのは、幕末の京都において、警察みたいな役割をしていたんだ。田中も京都の街を警備しながら歩け」と大木さんに言われて、「はい!」と勢いよく返事をしたけれど、どう見ても怪しい人物は僕のほうだった。

大木さんは嵐山の渡月橋に着いたところで、「田中、新選組も渡月橋を渡ったかもしれないから、この橋の向こうから走ってきて、俺の前まできて、新選組だ!! と叫んでみてくれ」と言った。

若手芸人と言っても、半年前までただの一般人だった僕は、めちゃくちゃ恥ずかしかったけれど、先輩に頼まれては逆らえない。50メートル先まで行って、全力で走ってきて「新選組だ!」と言うと、大木さんは少し笑っていた。僕と一緒にいる時はほとんど笑わないのになと思っていたら、よほど気に入ったのか、頼まれてその後5回くらい同じことを橋の上でやった。

大木さんは旅行が終わって解散する時にも「この法被を、今度東京で遊ぶ時にも着てきてくれ!」と言った。しかも「遊ぶ時に俺の家の前で着るんじゃなくて、自分の家を出る時から着てきて欲しい」と。