物の寿命は計り知れない

突然やってきた鏡台の置き場所がようやく定まったのは、息子が大学入学を機に巣立ち、部屋が空いてからだ。その部屋の隅に四角い鏡台がぴたりと収まり、私の気持ちも落ち着いた。しかし誰が使うこともない鏡台は静かに眠り続け、時は過ぎていった。

息子は30半ばで結婚して、かわいい女の子を2人もうけた。初孫が生まれる2ヵ月前、彼女たちの顔を見ぬまま、父は90歳で他界している。

孫娘たちが自分で階段を上がれる年齢になった頃だっただろうか。私の家に遊びにやってきた2人は、2階の部屋で鏡台を見つけた。ふと気づくと、鏡台を使っておままごとをしている。

以来、私は鏡台に6つある引き出しに、孫娘の喜びそうなおもちゃの指輪やおはじきや髪飾りを黙って入れておくようになった。遊びにくるたび、彼女たちは真っ先に「2階に行ってもいい?」と聞き、帰りに気に入ったおもちゃを私に見せて「もらってもいい?」と聞く。どんどんガラクタが増える、と息子は顔をしかめたが、孫娘たちをバス停で見送りながら、「またガラクタを引き出しに補充しなくちゃ」と思うのだった。

こんな日も、そう長くは続くまい。中学生にもなれば、彼女たちが私の家に遊びにくることもなくなるだろう。そしてその頃には、私も母の亡くなった年齢を超え、この鏡台は、また静かに眠り続けることになるだろう。誰かに捨てられるなら、それもまたよし。その前に自分の手で処分することも考えたが、「迷い道クネクネ……」と口ずさみ、私はあえて結論を出すのをやめた。

最近、夫とも死別した。ひとり暮らしになった私は、夫の介護からも解き放たれ、あり余る時間を手に入れている。片付けることなど造作もない。しかし、置き場所もないし、特別よい品でもないからいらないと思ったこの鏡台が、思いがけず再び息を吹き返すのを見た。物の寿命など、計り知れないということだ。ならば、私の手でピリオドを打たなくてもいいだろう。

あたりは夕暮れ、ほの暗く陽は翳り、人気のない息子の部屋が薄ら寒くなってきた。戸締まりをして、私はゆっくりと階段を下りた。

 


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