フィンセント・ファン・ゴッホ《糸杉》1889年6月油彩・カンヴァス93・4×74㎝メトロポリタン美術館 Image copyright c The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY

 

静謐な画風から奔放な色彩へ炎の画家の軌跡を辿る

揺らめくタッチと強烈な色彩で、ひまわりなどを描いたことで知られる、ポスト印象派の画家フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-90)。本展ではオランダ人の彼が、フランスに出て来る前と後の作風の違いに焦点をあて、いかにして世界的な画家になったのかを、同時代の作品とともに紹介する。

ファン・ゴッホが父と同じ聖職者になることを諦めて画家を目指したのは27歳の時。この時期、彼に絵の手ほどきをし、影響を与えたのが、親戚で画家のマウフェら農民の生活や田園風景を静謐な筆致で描く、オランダ「ハーグ派」の人々であった。貧しい農民を描いたファン・ゴッホの《ジャガイモを食べる人々》は、その頃を代表する作品だ。

フィンセント・ファン・ゴッホ《ジャガイモを食べる人々》1885年4-5月リトグラフ、(インク・紙)26・4×32・1㎝ハーグ美術館 © Kunstmuseum Den Haag

 

しかし33歳の時、画商だった弟テオを頼ってパリに移り住み、「印象派」の躍動する色彩に出会うと、ファン・ゴッホの作風は一変する。さまざまなモティーフを描く色彩は一気に明るくなり、タッチは次第に奔放になった。彼の後期を代表する作品が、ゴーギャンとの間に「耳切り事件」を起こし、サン=レミの精神療養院に入院した直後、37歳で亡くなる前年に描いた《糸杉》だ。鮮やかな色彩が、炎のように渦巻く画面。まさに誰もがイメージする、ファン・ゴッホらしい作品といえるだろう。重々しい「ハーグ派」から、明るい「印象派」の世界へ。作品を2部構成で観ることで、ファン・ゴッホの成長の過程が、鮮やかなコントラストをなして浮かび上がるに違いない。
 

 

 

分断された貴重な絵巻が一堂に

今から100年前の1919(大正8)年12月20日。日本を代表する財界人や茶人が、品川・御殿山の応挙館(現在は東京国立博物館庭園内)に集まって、鎌倉時代の名品《佐竹本三十六歌仙絵(さたけぼんさんじゅうろっかせんえ)》を切断した。売りに出された「佐竹本」があまりに高額で買い手がつかず、海外流出の恐れがあったため、当時の経済界の中心人物にして茶人の益田孝(号・鈍翁)らが「佐竹本」を分割し、共同購入することを呼びかけたのだ。もとは旧秋田藩主・佐竹侯爵家の旧蔵品である《佐竹本三十六歌仙絵》といえば、36人の優れた和歌の詠み手を描いた「三十六歌仙絵」の最高峰。運命の日、この絵は歌仙ごとに切断され、くじ引きにより購入者に割り当てられた……。

本展は、100年前にバラバラになってしまった《佐竹本三十六歌仙絵》の断簡を、一堂に集めた展覧会だ。その華やかさから、斎宮女御(さいぐうのにょうご)、小野小町に次いで人気のあった小大君(こおおぎみ)を含め、過去最大31件が集結する。と同時に、平安・鎌倉時代の和歌にまつわる美術品も紹介。王朝の美を心ゆくまで堪能したい。

重要文化財《佐竹本三十六歌仙絵小大君》(部分)、鎌倉時代13世紀、大和文華館蔵、後期展示:11月6〜24日

 

 

 

秋の箱根を楽しみながら芸術家と職人のコラボを堪能

20世紀中頃、ガラスの可能性に魅せられたエジディオ・コスタンティーニは、自らアート・ディレクターとなって「ガラス彫刻」という新しい分野に足を踏み入れた。それはピカソやシャガールなど世界的な芸術家たちのデザインを、ヴェネチアン・グラスの職人たちの技で作品化するという、ガラスの創作プロジェクトだった。本展はヴェネチアン・グラス界に新風を巻き起こしたこの企画の全容を、プロジェクトに賛同した芸術家たちのデザインを基に制作された実際の作品や写真などで紹介する。美しいガラス作品とともに、秋の箱根も楽しみたい。

《TORO(雄牛)》デザイン:パブロ・ピカソ制作:エジディオ・コスタンティーニ1954年