「本当に、一間だけの離れなのね」
「そう、他にあるのは奥の台所とトイレのみ。風呂は母屋(おもや)というか、庫裡(くり)の方にあるからね」
庫裡というのは、お寺に付いている自宅のことね。要するに尾道くんの実家。
「寝るのも、向こう?」
「向こうにも俺の部屋は残っているけれど、そこの押し入れを開けるとベッドになっているから大抵はそこで寝る」
笑ってしまった。
「子供の頃の夢みたいね」
「まさしく」
押し入れをベッドにするなんて、たぶん誰でも一度は考えることだと思う。
「コーヒー淹(い)れるよ。そこに座ってて」
二つ並んでいる机のひとつ。どことなくアメリカンな感じのする古ぼけたような革張りの椅子。きっとこれ、アンティークだと思う。
デザイナーという人種は、生活全てにおいて〈デザイン〉という感覚を持ち合わせていないと、やっていけないんだろうなって思う。
紺野(こんの)さんが、志織(しおり)さんのことが心配だった。
長坂(ながさか)さんが殺されたというショッキングなニュース。本当にびっくりしたけれども、いつかそんな日が来るんじゃないかっていうのは、何となく思っていた。
志織さんとも昔、まだよく会っていた頃にそんな話をした。ヤクザなんて、いつどこで殺されるかわかったものじゃない。そのときは、私も一緒に殺されたいな、なんてことまで、志織さんは口にしていた。
まったく理解できない感覚だけれども、志織さんが、深く深く長坂さんを愛していることだけはわかっていた。