コーヒーのいい香り。

 小さな丸いハイテーブルがあって、尾道くんがそこにコーヒーを満たしたマグカップを置いた。

 隣の机の椅子に、座る。

「まぁしかし、確かに驚いたよ、殺されるなんて。俺にとってはまったくの赤の他人だったけれど」

「うん」

 私にとっても赤の他人なんだけれども。

「少なくとも、高校生の頃から知ってはいた人だったから」

「直接話したことはあったのか?」

 ちょっと首を傾(かし)げてしまった。

「お店でね。志織さんが手伝っていた喫茶店に、たまたま私もいて、長坂さんもいて、単に店にいた者同士で何気ない会話はしたことある」

 志織さんが私に学校での話をして、カウンターでその話を聞いていた長坂さんが、自分が高校の頃にはこんなことがあった、なんていう笑い話をして。

「そういう会話は、何度か」

「まぁ、あるよな。同じ店の常連ならそういうのは」

 それぐらいだった。

「たぶん、向こうは私のこと覚えていなかったと思うな」

「いや」

 尾道くんが、軽く首を横に振る。

「覚えていたと思うな。志織さんとその店で一緒にいた高校生なんて、六花ぐらいだったんだろ?」

「そうかも」

「だったら、覚えていたさ。自分が愛した人の友だちだ。間違いなくな。俺だったら絶対覚えている」

 まぁそれはともかく、って続けた。

「志織さんは、無事だよ」