隣町に住んでいたこともあり、母はイヤな顔ひとつせず義父の世話を引き受けてくれました。でも、普段住んでいない家での家事は不慣れなもので、義父の逆鱗に触れることが多かったようです。

最後の日、母は「これから数日分の味噌汁の具材を用意してくれ」と言われました。具材を何パターンかに組み合わせながら一食分ずつラップでくるもうとすると「そんなもったいないことをして! あんたはいったいどういうつもりで毎日生活してるんや!」と激高。

松葉杖をつきながらいきなり家を出ていったかと思うと、しばらくして長いビニール袋のようなものをいくつか持って帰ってきたそうです。

それはなんと、雨の日にスーパーなどの入口に設置されている傘袋。これに一食分の具材を入れては縛り、また一食分入れては縛り……。義父曰く、「結び目をハサミで切れば一食ずつ使えて便利だろう。こんなことはいくらでも思いつく。あんたらはもっと頭を使え」ということらしいのですが、この人使いの荒さは尋常ではないでしょう。

母は、娘である私のために最後まで文句も言わず、義父に尽くしてくれましたが、そのつらい1週間の話を聞かされたとき、私のなかで何かが音を立てて崩れたような気がしました。

もうこれ以上、一緒には住みたくない。たとえ義母が戻ってきたとしても。人にお願いごとをすれば、あなたの大嫌いな対価は発生するのです。それがイヤなら誠意を持って、頼まないと。

夫が別居を告げに行ったときも、義父は謝ることもなく、ずっと夫を罵倒し続けていたそうです。快復した義母にはその後何度か会いましたが、私も夫も義父には会うまい、と決めています。


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