ふと、彼の名前をネットで検索してみたら

そんなふうにして、気が付けばあっという間に25年が過ぎた。

ところが、その彼から数日の間、連絡がないのだ。メールを送っても返信がない。家庭を壊すつもりはなく関係を続けてきたので、自宅に電話をするわけにはいかない。こんなに心配になるのには理由がある。彼は1ヵ月ほど前に、ひどい頭痛で検査入院し、脳の血管が少し詰まっているという診断を受けていた。手術ではなく、服薬治療になったと言っていたけれど……。

3日間待ち、ついに携帯に電話をしてみた。すると「もしもし」という女性の声。25年の間、彼に電話をして女性が応えたことは一度もない。今のは配偶者だろうか。彼が入院? それとも危篤? さまざまな思いが頭を駆け巡る。

どうしたら彼の状況がわかるのだろう。私には何の方法もなかった。共通の友人とはもう何年も音信不通になっている。胸をかき乱されながらさらに数日を過ごす。そして、何気なく彼の名前をネットで検索してみたのだ。以前、彼がホームページを作ったことがあると言っていたのを思い出して。

目に飛び込んできたのは、彼の訃報だった。何度もその記事を確認する。間違いなく、死亡したのは彼だった。某企業の役職についていたため、訃報が掲載されたのだ。

涙がとめどなく溢れ、心臓がバクバクと波打つ。どうして死んだの? どうして? その夜は一睡もできなかった。

しかし勤務中もずっと頭は彼のことでいっぱい。放心状態で帰宅してからも何も喉を通らず、ベッドにもぐりこんでひたすら泣き続けた。明日からどうやって日々を過ごしたらいいというのか。

彼が死んだという事実を信じきれず、記事を何度も確認してしまう。毎朝、彼が残した留守電のメッセージを聞く。毎夕、帰宅すると写真の彼に語りかける。友人からの食事の誘いも断り続けている。

ある日、電車の中吊り広告で、東日本大震災で家族や大切な人を亡くした被災者の方へのインタビュー集が出版されているのを知った。『魂でもいいから、そばにいて』。私も毎日そう思っている。

道ならぬ恋の相手を失った私と、震災で家族を亡くされた方とでは、重みも悲しみも比べられるものではない。でも本の中で被災者の方が、「死んで家族に会うのを楽しみにしている」とおっしゃった気持ちが痛いほどわかる。

今の私は、彼に会える日を胸に、一歩一歩、歩を進めるしかない。


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