絵金《伊達競阿国戯場 累》二曲一隻 赤岡町本町二区蔵

江戸時代の「奇才」35人の作品が一堂に

近年、江戸時代の画家といえば、伊藤若冲(じゃくちゅう)や曾我蕭白(そがしょうはく)などの人気が高い。斬新な表現で既成の枠を破った、「奇想の画家」たちである。しかし徳川260年の歴史の中では、彼らのほかにも新しい表現に挑んだ画家は数多くいた。本展「奇才─江戸絵画の冒険者たち─」は、北は北海道・松前から南は九州・長崎まで、日本各地で個性的な作品を残した35人の画家たちを「奇才」と呼び、彼らとその仕事を紹介する展覧会だ。

今回選ばれた35人の中には、伝統的な日本画の画題を扱う円山応挙や、琳派の人気画家・尾形光琳、そして世界的にも有名な浮世絵師・葛飾北斎など、独自の表現が日本美術史のスタンダードと目されるようになった画家たちも数多くいる。その一方、未だ「知られざる」画家も同等に含まれているのが、非常に興味深い。

高井鴻山《妖怪図》一幅 個人蔵 撮影:大屋孝雄

たとえば、幕末に現在の高知県香南(こうなん)市赤岡町で活躍した町絵師の弘瀬柳栄(ひろせりゅうえい)(金蔵〈きんぞう〉)、通称「絵金」。もとは土佐藩の御用絵師だったが、贋作の嫌疑をかけられたため、赤岡町で町絵師になったと言われている。彼が得意としたのは、「血みどろ絵」と言われた流血の愛憎劇。歌舞伎の演目を描いた《伊達競阿国戯場累(だてくらべおくにかぶきかさね)》も、怪談のヒロイン累が髪を逆立てて歌方姫の着物に噛みつく姿が強烈だ。

また、くちばしのある妖怪が、もぐらのような顔とねじれた尻尾を持つもののけに乗っている《妖怪図》を描いた高井鴻山(たかいこうざん/高は「はしごだか」)にも注目したい。信州小布施(おぶせ)の豪商で、絵は北斎に師事したという彼は、江戸末期随一の文化人としても知られている。もともと格調高い花鳥図などを描いていたが、晩年になって突如妖怪画を描き始めた。この機会にぜひ覚えておきたい人物だ。

 

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新宿のランドマークが生まれ変わる《ひまわり》をゆっくり観よう

日本でゴッホの《ひまわり》が観られる美術館といえば、新宿の損害保険ジャパン日本興亜ビルの42階にあった「東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館」。この美術館が、5月28日、「SOMPO美術館」としてオープンする。社屋ビルから独立して新築された6階建ての美術館は、やわらかな曲線が印象的。展示室も今までよりずっと落ち着いて作品と対峙できるようになり、木材天井を使った休憩スペースも充実した。新宿の新たなランドマークとなるに違いない。

美術館外観イメージ パース 提供:大成建設株式会社一級建築士事務所