イラスト:星野イクミ
悩み多き生活でも、「家を離れる」という決断には胆力が必要です。一歩踏み出した彼女たちの背中を押したものとは。再婚後穏やかな生活を送っていた村木晴美さん(仮名)の場合はーー(「読者体験手記」より)

学費を頼むと紙幣をまき散らされて

前兆はあったのだ。残業続きの夫が、夜中の2時に「新幹線にぶつかれば死ねるのかな」と、隣でつぶやいたとき。いや、それ以前にもあったのだろう。それなのに――。

再婚当時は6歳と3歳だった私の子どもたちも、11年が経って夫を「お父さん」と呼ぶようになっていた。「お父さん、高校に受かったよ!」と娘が嬉々として告げた合格発表の翌朝、突然夫は「俺は子どもなんて嫌いだ。今日で離婚する」と無表情な顔で言い放った。

「え、何それ! 入学用の書類に父親の署名欄があるんだよ」

「い、や、だ!」

それきり腕を組み、黙り込んでしまった。以来夫は、会社に行く以外の時間を狭いパソコン部屋に引きこもって過ごすようになった。娘が熱望して飼った犬と一緒に。声をかけてもひとことも発さない。とにかく入学書類には父親の署名が必要なので、無理やり指の間にボールペンを差し入れた。

3歳上の息子も大学の推薦入試の合格通知を手にしていたが、入学金のことを口にした途端、「早稲田と慶應以外はクソ大学だ!」とバカにする。そんな大学にはお金は出さないと言い張るので、私は学資保険の満期を待って納入した。

10歳年下の夫とはそれまで不仲でもなんでもなく、自宅は注文住宅で買ったばかりだった。私は専業主婦として、夫から渡されたクレジットカードと、月5万円の現金のみでやりくりしていたのだが、とうとう現金も渡してくれなくなった。娘の高校のはじめての授業料を頼みにいくと紙幣を部屋にまき散らし、私に拾わせたこともある。

私が引き出せる銀行口座の残高もゼロにされ、ある日デパートでごく普通の箸を買おうとしたら、クレジットカードが使えなくなっていた。11年間の結婚生活の最大の失敗は、給料をすべて夫が管理していたこと。そんな生活に甘んじていた私も悪かったのだろう。