イラスト:えるたま
昨年7月に惜しまれつつ亡くなった、ジャニーズ事務所前社長のジャニー喜多川さん。あれから1年、ジャニーズの歴史を見つめてきた近田春夫さんと、『ジャニ研』の著書のある矢野利裕さんが、ジャニーさんが世に送り出したアイドルたちを振り返りつつ、その魅力をひもときます(構成=上田恵子 撮影=本社写真部 イラスト=えるたま)※文中敬称略

初代ジャニーズとフォーリーブス

近田 僕が最初にジャニーズ事務所のタレントを意識したのは、後に初代ジャニーズのメンバーとなる真家ひろみが出ていた音楽バラエティ番組『森永スパークショー』。出演者がディスコっぽい雰囲気のなかで踊る構成で、彼はすごく目立っていた。子供心にダンスが上手い人だなあと思った記憶がある。でも本当に興味を持ち始めたのは、1968年にデビューしたフォーリーブスからだね。

矢野 初代ジャニーズとフォーリーブスは、どう違ったんでしょう?

近田 当時は映画『ウエスト・サイド物語』が大人気で、初代ジャニーズはそういうアメリカのショービズで世界を目指していたように見えた。だけどフォーリーブスはもう少し甘口というか、アイドルらしい雰囲気を持っていた。言ってみれば、今に続くジャニーズアイドルの原型だね。

矢野 僕は幼稚園の時の光GENJIが最初です。その後はSMAPですね。とにかくいい曲が多かった。高校・大学時代になると海外のブラックミュージックなども聴くようになったんですが、並行して日本の歌謡曲の良さも知って。なかでもジャニーズの楽曲は、ブラックミュージックを好きな人間の耳にフィットするものが多いんですよ。それに気づいたことで、改めてジャニーズの音楽にハマっていったという感じです。

近田 フォーリーブスが出てきたのはGS(グループサウンズ)ブーム終盤の頃だったけど、僕は楽器を持たずに歌って踊るグループはシュミじゃなかった。「男はエレキギターでガーンといかなきゃ」みたいな考え方で(笑)。でも、そういうのを好きな女の子もいる。だから最初は「あの子たちは彼らの何を好きなんだ?」と、敵をチェックする意味で大衆音楽の世界に入っていったというのが本当のところかな。

矢野 なるほど。(笑)

近田 その次の出会いが、ナベプロ(渡辺プロダクション)主催の音楽フェス「日劇ウエスタンカーニバル」。ロックっぽいサウンドのナベプロに対して、ジャニーズ勢はダンスミュージックでね。もう音楽の系統が全然違う。

ジャニーズ勢はテンプテーションズの曲をカバーしたりしつつ、バンド形式のグループもあったんだけど、一貫して何か独特の哲学が感じられた。その時、「なるほど、それを統括しているのがジャニー(喜多川)さんなのか」というのが見えて、そこからジャニーさんとジャニーズに興味を持つようになったんだ。