イラスト:曽根愛
血がつながっていても、長くともに暮らしていたとしても、不思議なくらい、イライラの種は生まれてくるものです。朝川さん(仮名・67歳)は94歳の母の介護に明け暮れていて…(「読者体験手記」より)

面倒をみているのは兄でなく私なのに

「寝かして、寝かして!」と母の叫び声がする。

私も思わず叫んでしまう。

「うるさい、うるさい!」

毎日夕方5時に繰り広げられる、恐ろしい光景。夕暮れ時の母は“悪魔”だ。

夕飯を全部食べていないのに満腹になってしまった母は、「疲れた」「苦しい」を連発する。私は慌てて洗面所へ母の車いすを押していく。入れ歯を外して口腔ケアをしようとすると、また「寝かして!」と叫び出す。

介護虐待につながるNGワードだとわかっていても、「今、やっているところでしょ。誰にやってもらっていると思っているの!」と言ってしまう。だが、母にはまったく通じない。まるで駄々っ子のようなぐずり方だ。

介護のための同居が始まって5年。母は94歳になった。最初は支えれば歩くことができたのに、歩けなくなり、目も見えなくなり、10年前から認知症を患い、考える力も失った。

穏やかで、他人の悪口などめったに口にしなかった母さんは、どこへ行ってしまったの? 嫌なことがあっても笑ってやり過ごし、困りごとはテキパキ解決する、しっかり者だったのに……。

「隆司は出かけてるの? 何時に帰ってくるの?」

今から6年も前に、64歳で病死した兄の名前を連呼する。

イライラして、「兄さんは、あの世に行っちゃったよ」と言うと、「なんで私を置いて行っちゃうんだ!」「隆司は優しい、いい子だった」と母。さらに腹が立つ。母と同居していたときの兄は、思うようにならない母のことを怒ってばかりいた。何が、「優しい、いい子」だ!

兄亡き後、家を出て行った兄嫁に代わって、近くに住んでいた私が同居し、家政婦兼ヘルパーとなった。

実際世話をしているのは、死んだ兄さんではなくて私なのよ。母さん、そのことわかってる?──思わず口から出そうになる言葉を必死で抑える。逆縁になって気の毒だという同情を差し引いても、その発言はないでしょ?