イラスト:大高郁子
喧嘩の絶えない家庭。はたまた会話すらない夫婦。それでも別れないのは世間体を気にしてか、経済的な事情か。そして、「あなたのため」という重い一言を背負う子どもの思いは――。一戸さん(仮名)は、長い間母の愚痴を聞いてすごしたそうです。(「読者体験手記」より)

父の死後、不仲の元凶に気づく

母がアルツハイマー型認知症と診断されてから、5年。肺炎や右大腿骨骨折による入院を経て、現在はグループホームで穏やかに暮らしている。記憶はもう曖昧だし、自己肯定感が強いのは相変わらずだが、以前と変わったところがある。20年前に75歳で亡くなった父の悪口を言わなくなったことだ。

「父さんは頭のいい人だった」
「父さんは苦労人で、がんばったこって」

父を褒める言葉など聞いたことがなかった私はいま、心底戸惑っている。生前、本人が聞いたらどれほど喜んだことだろうか。

物心ついた時から、両親の仲は悪かった。毎日のように起こる喧嘩のきっかけは、ほんの些細なこと。たとえば、父が買ってきたものが気に食わないとかそんなことで、母は父を激しくなじる。それに応じて父が手をあげ、母は金切り声を上げて物を投げる。家にいる間はいつもハラハラしていた。世の中には仲のよいお父さんお母さんもいるのだと知ったのは、小学校の同級生の家に遊びに行った時だ。

3人きょうだいのうち、唯一の女だったからだろうか。私は母からよく陰湿な愚痴を聞かされた。それも苦痛だが、それ以上に無口な父がイヤだった。そして喧嘩の最後は、いつも母のこれだ。

「お前たちがいるから、別れられない」

別れないのは、私たちのせいなのか。でも仲が悪いのに、子どもを3人もつくったのはいったい誰?