ギュスターヴ・クールベ《波》 1869年 愛媛県美術館蔵

打ち寄せる波にみるレアリスムの真骨頂

「私は天使を描けない。なぜなら見たことがないからだ」。ゆえに天使を描いてほしければ、目の前に天使を連れてこい、と言い放ったギュスターヴ・クールベ(1819-77)。「あるがまま」の現実の姿を絵に描きとめた彼は、19世紀フランスにおけるレアリスム(写実主義)の代表的な画家である。

本展では、彼が繰り返し描いた海の絵画を中心に紹介。またモネやミレーなど、同時代の画家たちが描いた海の作品も展示し、クールベの風景画にみられる同時代性や特異性を浮き彫りにする。

フランスとスイスの国境にあるジュラ山脈の渓谷で育ったクールベが、初めて海を見たのは、22歳の時だという。それから28年後の50歳の時、彼はノルマンディーのエトルタに滞在して海を描き、高い評価を得た。

それまで海の作品といえば、聖書や神話、歴史の物語や比喩などと結びつけたり、観る者に畏怖の念を感じさせる崇高な絵画として描かれることが多かったが、クールベは、パレットナイフを使って、打ち寄せる波だけを描き新たな海の風景画を生み出した。その典型的な作品の1つが、愛媛県美術館蔵の《波》である。

クロード・モネ《アンティーブ岬》1888年 愛媛県美術館蔵

クールベは浜辺にいるはずの観光客の姿などは描いていない。しかし、19世紀半ば以降、鉄道網の発達により、海はレジャーの場となった。そうした海の風景を、積極的に描こうとしたのが、ブーダンやモネである。

朝日や夕日に輝くモネの《アンティーブ岬》も、人間こそ描かれていないが、都会から来た人々が好みそうな、穏やかで美しい作品だ。同じ風景を同じ視点から、1日のさまざまな時間に描いたもので、その後モネが手がけた「積みわら」「ポプラ並木」「ルーアン大聖堂」「睡蓮」などの連作へと続く作品としても重要視されている。

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力強く、単純な配色が面白い

江戸時代初期より、東海道の宿場・大津周辺で量産された、手軽な土産物・大津絵(おおつえ)。初めは仏画、その後、鬼や動物、七福神などをわかりやすく描いた作品は安価な実用品として、全国に広まった。この素朴な美の世界を、後世になって高く評価し、コレクションしたのは、文人画家の富岡鉄斎、洋画家の浅井忠、民藝運動の父・柳宗悦(やなぎむねよし)など、近代の文化人たちである。

本展は、こうした名だたる目利きたちが愛でた、旧蔵歴が明らかな大津絵約150点を紹介する。たとえば、大津絵のなかでも代表的な画題で、夜泣き止めの効能があるとされた《鬼の念仏》は、大阪初の画廊を開いた山内神斧(やまのうちしんぷ)の旧蔵品。

山内は、初めて大津絵に出合った時、力強い単純な配色、描かれた絵柄の面白さに「日本畫のなかにも、こんな繪もあるのかと實は全く驚かされてしまつた」(「大津繪雜考」)そう。味のある大津絵の魅力は深そうだ。

《鬼の念仏》笠間日動美術館蔵

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河井寬次郎作品を網羅
支援者との絆も印象的

戦前は民藝運動を創始して、生活に根ざしたうつわを追求し、戦後はより自由奔放な作風へと転じたことで知られる陶芸家・河井寬次郎(1890-1966)。彼の生誕130年を記念して、現在、アサヒビール大山崎山荘美術館が有するコレクションが一挙公開されている。

展示作品は、河井の民藝運動の支援者だったアサヒビール初代社長・山本爲三郎の旧蔵品。河井との生涯にわたる親交から築かれたコレクションであるだけに、初期から晩年までを網羅した作品群は、親密な雰囲気に満ちている。

河井寬次郎《筒描花文鉢》1953年頃アサヒビール大山崎山荘美術館蔵