そのままゴミ箱行きになるはずの、二分刈り状態になった直方体の「豆苗の跡」を、それより少し大きめの……あったあった、サクランボが入っていたプラスチック容器を取っておいたのだ。豆苗母ちゃんじいさんを入れてみると、まことにすっぽり収まった。

そこへ、どれぐらいかしらと横から見守りつつ水道水を注ぐ。こんなことならあの番組をもっとちゃんと見ておけばよかった。まあ、これくらいでいいかという高さまで水を差し、日のよく当たりそうなガラス戸の下に置く。

『婦人公論』の連載をまとめた『老人初心者の覚悟』(中央公論新社)

この自粛生活下において、園芸に走った人は多かったという。たしかに不安な日々の中、世俗の騒動はどこ吹く風とばかりに伸び伸び育つ緑や野菜を見ていると、心が和むというものだ。走ったというほどのことはないが、私もこの自粛期間中は、せめて外の空気を吸いたいと思い、バルコニーに出る回数が増えた。出るとその流れで緑に水をやる。

それまでは忙しさにかまけて植物の水やりを怠ることが多かったが、こう毎日家にいると日常のルーティーンが身につくようになる。すると緑たちも嬉しいのか、育ち具合が改善された。それはきちんと水やりをした成果か、私自身が緑に愛を注ぐようになったからなのか。

理由はわからないけれど、たとえばここ数年、すっかり育つ気力を失ったとおぼしきローズマリーが新たな芽を出した。はたまた近所のクリニックの待合室で、ここは植物園かと思うほど茂っている観葉植物を、「増えて増えて困るんです。持っていきますか? すぐに葉が出ますよ」と分けてもらって土に植えたが、ウンでもスンでもない。私にはどうも緑を育てる才能がないらしい。諦めかけていたところ、ようやく丸太ん棒のような太い茎の横から赤ちゃんのオチンチンのような芽が出てきた。今までなにを逡巡していたの? 丸太ん棒をさすりながら語りかけるが返事はない。

もう一つ、成長著しいのがサルスベリの鉢である。買ってきたときは、二十センチ足らずの盆栽のような灌木だったが、いつのまにか枝葉を増やし、幹を太くし、お、蕾がついたぞと思ったら、早くも真っ赤な花を咲かせ始めた。もはや大樹の威容をたたえるほどだ。こののちさらに成長し、人の背より高いサルスベリの木になったら、どこに植え替えようかと、叶わぬ夢を抱くもまた楽し。