そして、3度目のプロポーズは、私が45歳で大学院に入学した時。夫は入学祝いをしてくれて、「あなたは将来何がしたいの? もし何かするなら僕も一緒に加えてくれないかな。あなたがするなら、会社でも宗教でも占い師でも詐欺師でもなんでもやる」と。夫のユーモアからの発言だったが、心に沁みた。

そして、「ずっと私を見てくれていたあなたと一緒に、これからの人生を過ごしていきたい」と告げた私。3度目のプロポーズは私からと言うべきだったのかもしれない。

こうして決まった結婚。新郎は初婚、新婦は5回目だ。養父はあきれてしばらく口をきいてくれなかった。養母は「お前をずっと見守ってくれた優しい人だから」と最後には納得。子どもたちも今まで「お母さんの親友」として何度か食事をしていたこともあり、すぐに彼になついた。何より彼が子どもや養父母を大切にしてくれるのだから、心が通じないはずはない。

3回目のプロポーズまで、私たちは一度も男女の仲になったことはなかった。2人はおそるおそる恋愛をスタート。大学院の授業の合間にデートを重ねた。子どもの時通った剣道場や学校を訪ねたり、よく一緒に歩いた渋谷の街へ行ってみたり。

私は、別の人と結婚生活を送っていた頃、彼に「恋人はできたの?」と尋ねるたびになぜか胸がドキドキして苦しかったこと、「いいや」という答えを聞くたびに内心安堵していたことを思い返した。「ずっとこの人が一番好きだったんだ」。私は自分自身の本当の気持ちにやっと気づいた。

子どもたちの手が離れ、自営業の私の朝は遅い。ゆっくりしたい時にはお昼頃まで寝てしまうこともある。昔の夫たちなら、絶対に非難しただろう。でも、彼は違う。朝早くから起きて、自ら分別したゴミを出し、洗濯もしてくれる。私が起きる頃には、キッチンに夫がいれた珈琲の香りが漂う。「洗濯なんてさせてごめんね」と謝ると、「洗濯は洗濯機がしてくれる。僕は干して畳むだけだから」と笑うのだ。かつての夫たちとなんと意識が違うことか。

結婚を何度もした私を不真面目だと非難する人もいる。夫は私に言う。「結婚は制度。あなたは制度にのっとって誠実にやってきたんだよ。あなたほど真面目な人はいないと、昔から思っている」と。真面目な夫に言われると嬉しい。

私たちも50代になり、男と女というよりきょうだいのような感覚になってきた。相変わらず一緒に食べて、飲んで、喋って、夜は寄り添って眠る。私たちはお互いを魂の半身のように感じている。

夫からは、愛されることと、愛することを教えてもらった。紆余曲折、考えられないほどの遠回り。でも人生も捨てたもんじゃない。5度目の正直ということもあるのだから。

 


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