絵:石黒亜矢子
詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している「ショローの女」。夫が亡くなり、娘たちも独立、そうして伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。帰国して改めて、日本人のマスク率の高さに感じ入る伊藤さん。じつは子どものときからマスクが大嫌いで――

マスクが嫌い。マスクは臭い。

子どもみたいなことを言うんじゃないと叱られそうだが、ほんとの子どものときから、あたしはマスクが大嫌いだった。

マスクの中で自分のからだのニオイが混ざり合い、すえて、腐って、自分に戻ってくるようで耐えがたい、と給食当番をやりながら考えた……ということは、九つか十の頃だ。一部の男子がやってたように、あたしもアレをあごの下にかけて、カレーをよそったり、脱脂粉乳をつぎわけたりしていた。

風邪をひいたときにもマスクをしたことがないけど、親のマスク姿も見たことがないから、伊藤家全体が、感染症に無知で鈍感だったのかもしれない。切り傷やすり傷も、赤チンぬっとけと言われるくらいで、ていねいな手当をしてもらったことがあんまりない。

しょっちゅう怪我をしていたあたしは、しょっちゅう切り傷やすり傷が膿んでいた。

この頃、膿むってことがなくなった。今でもあたしはしょっちゅう怪我をしているんだが、抗生剤入りのクリームを塗ってバンドエイドを貼ってちゃんと手当するから、傷のなおりがほんとに良い。

そういえば子どもの頃、母がよく言っていた。「とがめたらいけない」「そんなことしてたらとがめちゃうよ」などと。「とがめる」というのは、膿んだりすることを言うんだけれども、よそで聞かないから方言かもしれないと思っていた。ところが、今から十年くらい前に高校時代の友人のお母さんの口からそのことばを聞いて、思わず息を呑んだ。死んだ母の声を聞いたような気がして。その友人のお母さんもやがて認知症になり、長い間介護されて、去年亡くなった。

傷口の膿んだのをしばらく見ないなと思ったら、そんなことを思い出した。