出版社の雑誌編集部へ私の転職が決まると、保険会社の職場のみんなは残念がるどころか「それがいい、それがいい」「ミルちゃんには、そっちのほうが向いているよ」とたいへん喜んでくれた。去る人間があれほど応援されるケースもめずらしいのではなかろうか。
以降20年にわたり、私はボスのもとで編集者として生きることになる。

「〇×書店 *******」

私は自分の名前が印刷された、生まれて初めての名刺を持てた喜びでいっぱいだった。保険会社の事務職に、名刺はなかったのである。社会人になると、みな名刺を持つものだと思いこんでいた私は、名刺がないと聞いてがっかりしていた。

私はどうしても名刺を持ちたかった。そして、私の将来を楽しみにあの場所から送り出してくれた優しい大人たちの期待を、私は絶対に裏切るわけにはいかなかった。

これからは、編集長の書いてくれた大きな文字が、私に力を授けてくれる。

──これさえ持っていれば、どんな人にも会える。さあ、どこへでも行ってこい、と私に言ってくれている──私は名刺を抱きしめた。
そう遠くない未来に、それを手放すことになるとは知らずに。

あのときボスに出会わなければ、私はどうしていただろう。

保険会社で30年、勤めつづけることが私に出来たと思えない。けれど、それを成した人、にこのたび会えた。

私がボスの面接を受けていた頃、ナオさん(1966年生まれ)は、就職内定先の大手生命保険会社A社に「拘束」されていたと言う。

「会社説明会が早いところにとりあえず行って、引っかかったのがいまの会社でした。〈一般職〉採用なのに、5日間も拘束されたんです。さすがバブル時代ですよね」

「拘束」というのは、企業が良い人材をほかの会社に取られることのないように、内定を出した学生たちをある場所に留め置くことである。それは「合宿」や「研修旅行」のようなかたちで、当時ひんぱんにおこなわれていた。