前号で、生保勤務のナオさん(51)もスチュワーデス……いまでいうCA=キャビンアテンダント志望であったことに触れたが、平成バブル期には多くの女子学生が、航空会社を目指した。私はあっちこっち外国へ行けるらしい……というだけでそれを受験した。アホである。当然、落とされた。

ここで歴史のイフ(if)。

もしもあのときCAになっていたら、私はどうしていたでしょう?

いや……イフは、ない。まず、受からない。身体が弱い。乗り物に酔う。まっすぐに歩けない。重い物が持てない。視力が悪い。背が160㎝に届かない。食べ物に好き嫌いが……とまあ、まちがいなくなかったであろうCAの道。編集者になれて本当によかった。Tさんとボスのおかげである。その後、出版社の仕事を続けるなかで国内外の出張は増えていくのだが、機内でCAさんの働きぶりを見るにつけ、ああ私にはぜったいムリだ……とたびたび思った。

イフはないが、なんたってCAにあこがれた同世代の女性が、大挙して航空会社に押し寄せたのである。CAの友人が一人や二人いてもおかしくないのだが、私には知り合いさえいなかった。「バブル」を書くにあたりCAの「彼女」は外せないだろう、と編集者の方がご紹介くださって、このたびユキさん(51)と会うことができた。

ユキさんは平成元年に国内航空会社に就職、11年にわたり国際線の客室乗務員として勤めた。前号のナオさん同様、彼女もキントウホウに翻弄された、ヘイセイガンネンズの女性と言える。

「私の場合はスチュワーデスにあこがれたというよりも、女性の職場に魅力を感じていました。あの頃は、やっぱりキントウホウが……あれって当時、アピールがすごかったですよね?四大卒女子向けに作ってあげた法律だよって。男と一緒にバリバリ働けるフィールドをせっかく作ってやったんだから行かなきゃだめだよ、もうこれからの女性は行くべきだよね、行かないなんてありえない、とかいろいろ言われた。それを真に受けて総合職をめざした先輩たちは、1、2年目でもう疲弊していましたよね。髪振り乱してがんばっていた。そんな姿を見聞きして。男性の職場に飛び込んでいくより、女性が女性を律することのできる─当時はまだ一般的でなかった言葉だけどいまで言う〈マネジメント〉を女性ができる職場、たとえばバスガイドさんとかホステスさんとかの接客業もだと思いますが、女性が自分の力を、男の人とヘンに張り合うことなく発揮できる、女性の魅力と実力を出せる職場がいい、と。もちろん入った航空会社は、会社としてとても魅力があったというのもありました」