並行して担当作家と連載の相談をし、原稿を取り、その一方で新人としてのお仕事=「お使い」もつづく。小説の挿絵となるイラストを受け取るほかに、カメラマンの事務所や自宅へ、写真のプリントを受け取りにもよく出かけた。なものでこの時期、いわゆる第一線で当時(もしくはその後も) 活躍する漫画家・写真家・画家・装丁家・そのほかありとあらゆる表現者の卵……という人たちに、私はたくさん出会っている。いまこれを書きながら、みんなヘイセイガンネンズの同志だったのだな……と思う。

社会に出たばかりの私たちがあちこち走り回っているあいだにも時代は大きくうねり、日本はバブル崩壊へ、世界は東西対立構造の終焉へ、と向かっていた。大国の方針変更は、地球上のあちこちで新たな混乱を生み出していた。

大きな戦車が轟音を響かせながら民衆を抑え込もうとする映像を、私は原稿を受け取りに行った先の、作家の家で見た。

1990年8月、サダム・フセイン率いるイラク軍がクウェートに侵攻、一方的にその地を占領し、併合を宣言した。それに怒った多国籍軍がクウェートの〈主権回復〉という名目でイラクへ乗り込んだ。湾岸戦争である。

それからおよそ10年後には9・11をへて、米軍によるイラク攻撃が起こる。そこでよくはたらいたのは、山岳の民・クルド人である。彼らがいまも他国によって引き裂かれ、彷徨っている姿を私たちはニュースなどで目にすることができる。彼らを引き入れた米軍はキルクークなどの油田地帯を制圧、フセイン政権を崩壊させた。

ところが独裁から解放されたというイラクでは、1週間もたたないうちに反米デモが。
アメリカに感謝するはずのイラクの人たちは、いったいどこへ?

独裁政権の後に訪れたのは無政府状態と無秩序の荒れ地、先住民の排除、戦前に約束された平和は訪れない——似たようなことが、これまで世界でグルグルと繰り返されてきた。いまも私たちはこれとそっくりな事態を見ており、今後もまた見ることになるのかもしれない。いや、もしかしてこの負のグルグルに、終止符が打たれることになるのだろうか? 私がこれを書いている現時点ではまだわからない。