ガンと向き合っているあいだは、あまり考えずに済んだ。

退社時のあれこれ、行く先を決めずに四十過ぎで会社をやめた自分の今後……そういったことはいったん棚上げとなっていた。ところが、抗ガン剤で抜けた毛が生えそろい、体力を取り戻すとともに〈ねば〉病が発症。

ガンとの闘いが終わったあとに訪れた、あらたな闘い。それについやした時間は、ずいぶんと長く感じられた。ガンの再発におびえながら、今後の自分はこれでいいのかと、グルグル考えてばかりいた。

焦り、ではなかった気がする──たぶん焦りとはちがうものなのだが。

あの日々をどう説明しよう?

私は、会社に復帰する夢を、よく見ていた。

なぜか、やめたはずの職場にいるのだ。非正規社員として。

かつての同僚や部下たちが、上司になっている。私には日替わりアルバイトの作業席が充てられた。メンバーは私の退社前と同じままで、みな忙しく社内を行き交って、私を見ると笑顔で声をかけてくる。

ボスの席の背にホワイトボードがあり、そこにみんなは予定を書き込むのだが、私には予定がない。なんにもないのに、外へ出たい。だから噓を書く。それをボスに見抜かれているようで居心地がわるい。なのにボスは拍子抜けするくらい、やさしい。あれ? だったらもっと会社にいてもよかったかな……なに言ってんだ、ところで私はなんでいまここに? 私は会社をやめたはずだけど。

そうだ、会社をやめなくっちゃ!

会社をやめなきゃ、会社をやめなきゃ、……そう思って出口を探す。ところが出口がなかなか見つからない──。

ようやく出口が見つかって会社を脱出、なぜか走っている。

一目散に逃げなくては……! と無我夢中で振り返らずに走って逃げて、たどり着いたのは戦後の荒れた町だった。

たくさんの闇市が出ていて、人びとがひしめきあっている。闇市には、就職説明会のように小さなブースがいくつも並んでいて、アジアで見かける屋台村の食堂のごとく賑わい、どのブースで仕事を見つけようかと私は物色しているが、くたくたになるまで歩き回っても、どこにも着かない──。