表があれば、裏もある。

むろん、楽しいことばかり、というわけにはいかなかった。なんだか頑張っている自分が悲しくなるような出来事に、胸が引き裂かれたこともある。そんなときはどこかに寝転がり、空を見つめてじっとする。あとは心を閉ざしたまま、しばらく仕事を続けるしかない。

自分のいったいどこがいけなかったのだろう、と考えたのはもっとあとになってのことで、当時はわけがわからなかった。何が辛かったかって、わからなかったことが辛かった。自分のことでさえわからなく、自分以外の誰かのことはもっとわからなかった。
それでも必死でしがみついて、働いた。私がここでこれをやめたらば、がっかりする人たちがいる。

思い浮かべたのは、最初の職場のことだった。

転職を応援し、あの場所から送り出してくれた保険会社の人たちに、「ああ、だめだったのか……」とは、どうしても思われたくなかった。

つまり私が雑誌編集部に移り、そこをやめずに続けられたのは、前に業種の違う会社にいたからだ。最初に入った保険会社で、苦手とする事務作業を経験しなければ、乗りこえられなかっただろう。

〈もう、あの場所には戻らない〉

そうかたく誓っていたからこそ、途中で仕事を投げ出すことなく、「編集者」になれた。

よのなかでは、経済事件や政治家によるウソが次々と噴き出してきていた。

一部の人びとは、バブルの終わりを感じて蠢いてはいたが、ほとんどの人がまだ熱狂のなかにいたと思う。

リクルート、イトマン・住銀、東京佐川急便といった事件の数々……会社を急成長させた経営者たちも、罪に問われた。

政官界の実力者とフィクサー、気鋭の若手実業家たち……による怪しげな株取引で幕を開けた平成元年、を頂点としたバブル期の歪みは、結局清算されそうでされなかった。

本丸には、及ばない。組織の罪とは、悪意なくそこであると思える。

民活事業、いまでいう規制緩和はその後も政官界のバラマキ・ウソ・偽りを生んだ。

ルールを守らせる側の官僚――社会的権威があって、自らもルールを遵守しているはずと国民に思われている彼らが、一企業のルール違反を、特別扱いでバックアップした当時の事件や……あれ? これってアレと一緒では……?