販売元の方針をひたすら守って、〈一人一人に会って、売る〉という仕事をまじめにやっていたら、そのうちあちこちから注文が来るようになった。

「けっきょく、すごい儲けちゃった。欲しいもので、お金で買えるものは、あのときにぜんぶ買った。海外高級ブランド品の数々も。

でもね、娘がある有名女子校に入学して。そこで出会った親御さんたちのなかには、ほんとうにアッパーな人がいて、そういう人って、ああいったものを持たないんだなというのを知った。彼女たちは、おばあちゃんからゆずってもらった古いバッグとかを、大切に使っているのよね。それで、私は買い物をやめられた。だから私の高級ブランド志向は、バブルとともに終わっているんです」

平成バブル期に化粧品販売ビジネスを成功させたシホさんであったが、それ自体もまたバブルだった。やがて夫とは別居を経て離婚、子ども3人を抱えた生活は苦しくなっていく。

「ろくでもないでしょ、子ども3人もいて離婚して。当時はまだ弁護士という夢をあきらめておらず、仕事をしながら夜に猛勉強して、でもそのたびに司法試験に落ちて。もう貯金がなくなっちゃって、これからどうしようかと……」

ちょうどそんな頃、だ。シホさんが、シホさんの「ボス」に出会うのは。

「私にとって『ボス』と呼べるのは、その人だけ。でももう、いまどこにいるかもわからない。死んじゃったかもしれない。私を〈この世界〉に引き入れてくれた人です」

〈この世界〉とは、政治にまつわる仕事をする人びと、の業界である(現在のシホさんは、そのコンサルタント業務をおこなう会社を経営している)。

「司法試験に、また落ちた。あの日はまさか落ちると思っていなくて、ほんとうにやさぐれてしまって――ぼうぜんとしてさまよっていたの。たまたま近くの空き地、というかコンビニ跡地が選挙事務所になっていたのよね。その前に立ってボーッとしていたら、中から男性の声がして……

『おい! お前! そこの机、運べ!』
って、いきなり呼び止められた。
え? 『お前』って私のこと? と思ってびっくりして見ると、奥にオッチャンがいて、ひとりで机と椅子を並べていたの。
『……ったく、気がきかないってお前のことだな』
は? はいっ! と慌ててオッチャンの手伝いをして。

机と椅子を並べ終えたら、今度は、おもてのドブに蓋をしろって言うじゃない。
『ボヤボヤしてんな! ドブがあふれてるだろ? 考えてやれよ、ボケーッ!』
で、なぜかドブ掃除。知らないオッチャンに怒鳴られながら(笑)。でもとにかく、言われたことをぜんぶやって、帰ろうとしたら、
『……で、明日なんじに来るんだ? 朝7時半だぞ!』
それが私の、ボスとの出会い」