深夜の首都高を飛ばす母のキリリとした横顔を、いまも憶えている。当時50歳くらい。ふだんはのんびりと優しい母が、いやにテキパキしていた。娘を小さな部屋に送り届けた帰り道、どんな気持ちでハンドルを握っていたかを思うとちょっと泣ける……と言いたいところだが、その日からそう遠くないうちに父の転勤が決まって、両親はニューヨークへ引っ越してしまい、日本に私の居場所はなくなった。遅かれ早かれ、独り暮らしはしなければならなかった。

「きみ、独り暮らし始めたんだろ? 給料、ちょっと上げといたから」

両親の家から独立してまもなく、社内でボスに声をかけられた。

「あ、ありがとうございます!」

ボスはすでにビルの上階へ移動していたが、しょっちゅう雑誌編集部の階に降りて来て、私たちをパトロールしていた。

またあるときには、私を見かけてサラッとこう言った。

「Lの特集、よく取れたなぁ(よくやった)」(L=当時売れっ子だったバンド)

ボスにほめられるのは、跳び上がるほど、うれしかった。その喜びの感覚は、以降ずっと、私がボスの会社をやめるその日まで、変わることなく続いた。

さて、そんなふうにして私は家を出たが、たいていの女性は、結婚をするときに家を出るのかもしれない。

家を出たいがために、たいして好きでもない男性と結婚を決めるケースもあるのだろう。現状を変えたい、と悩む女性にとって、まだあの頃は結婚がひとつの〈手段〉となっていたのかもしれない。若いうちに結婚をして、「あー失敗した~!」とあとになって思っている人も……。

「もう家がいやで、いやで……」

前号より登場している会社経営者のシホさん(57)も、そうして結婚を決めた。

学校を卒業してすぐのこと。ほとんど働いた経験もなかった。

「家を出たくてしょうがなかった。ひどいの、うちの親って。女が学歴つけてはだめ、と。あなたは本家の初孫だから婿を取らなきゃ、と言われて育った。高校生の頃からずっとお見合いよ。私は勉強が好きだったけど、できなかった。させてもらえなかった。こんな田舎で大学なんて出ちゃったら、お見合いの相手が激減するから、と。勉強すると電気を切られて。親がブレーカーをおろしちゃう。だから私は毎晩ふとんの中で、懐中電灯を点けて本を読んでいたの」