シホさんは、弁護士になる夢を持っていた。学生時代に見学した裁判で、罪を犯した自分を責めてくずおれる被告人と、被告人を護る人を見た。その仕事に、胸をうたれた。以降、夢にむかってまっしぐら――というわけにはいかず、両親の方針に阻まれていた。
そこへ、出会いが。

「『ぼくと結婚したら勉強させてあげるよ』っていうから、『じゃ結婚する~』って(笑)。旅先で知り合った人でした。帰ってからもしつこく手紙をくれて、夏休みにも会いにきた。いま思えば誰でもよかったの」

たまたま父が家柄を気に入って、しかも三男坊だったことから、縁談はあっさりとまとまった。ところが結婚してみたら、勉強どころではなかった。

「ウソばっかり! 一日3回掃除して。ごはんぜんぶ手作りで。夫は商社に勤めていて、毎晩帰りが遅いのに、彼が帰ってくるまで夜中の2時3時だろうが、きれいにお化粧してお洋服のまま、ごはん食べずに待っているの。おかえりなさいませって。思い出すとぞっとする……」

――ずいぶんいやになっちゃったんですねえ……。

「夫のお母さんにすごく嫌われてね、私。床に落ちたごはんを拾って食べろとか。それに夫の女遊びもひどかったの。私自身が具合悪くなってお医者さんにかかってはじめて、浮気をされているのだと知った。世間知らずの若いうちに結婚しちゃったからね……」

離婚が成立するのは、30代の終わり頃。子どもは3人。20代は育児と家事に追われ、そののち別居。暮らしは厳しかったが、なんとしても正式に離婚をしたかった。

高校を卒業する娘の進学先が決まるのを待って、離婚届を出した。離婚が成立した朝のことは一生忘れない、とシホさんは目を細める。

「忘れもしない、あの朝。戸を開けたらすっごいキレイな秋晴れで。玄関先で、あ~離婚日和だ~! と叫んじゃった。家の前を掃いていた近所のおばさんが、びっくりしてこっち見るくらいの大声で。あっはっは~、スキップって感じ」

――スキップってめったにしませんよ。

「そうね、ルンルンランラン♪ もう自由だ~! ってね」

――すっかり吹っ切れていますね。

「うん、なんだろう? 消去してるのかな? 20年くらい経っているから。でもいま話してたら思い出してきたヮ、『なぜ?』って言ったのよ、アイツ。ドン引き。私が離婚を申し出ると、なぜ? と言った。あそこまで私を追い詰めておいて……。お~やだやだ、きもちわるっ! こうなっちゃうと、もうどうでもいいものになるね。どんな情もなくなって」

〈ほら、憎しみがあるうちは愛なのよ〉

彼女は私の瞳を覗き込むようにしてこう言うと、ビッシリ生えた黒い睫毛を瞬かせた。