イラスト:飯田淳

 

バブル崩壊後、企業は時代の変化に応じた
ビジネス展開を余儀なくされ、大手総合商社も伝統的な
仲介業だけでは通用しなくなった。こうして企業に属する者が
右往左往する頃、ボスが退社を決める

第11回 ボスの退社

ボスが会社をやめることになった。

To be or not to be......!

こういうときだけうかぶ、シェイクスピア(英文科だった)。

〈ここまでのあらすじ〉
私(筆者=当時19歳)は学生ビッグバンドのジャズコンテストでサックスを吹いていたところ、フリーランスライターTさんの目に留まり、その後、雑誌編集長である「ボス」を紹介された。

大学を卒業して、なんの考えも持たず、父のコネで外資系の金融企業に就職していた私は、そこをやめて出版業界に飛び込んだ。

K書店・雑誌編集部で編集者見習いとして頑張ること約5年、恩人のボスが退社すると聞いて――。

やり手の大物編集長が会社をやめる、どうやら独立するらしい、と社内は、いや社外も、騒然とした。

私はといえば、〈正社員になった〉ばかりだった。

いや、私が勝手に〈正社員になった〉のではなく、ボスとロビンが〈正社員にした〉のである。これについては前号、書いた。

「これからもずっと一緒に仕事をしよう」のプロポーズを「つつしんでお受け」したところである。この流れでいくと、私は迷わずボスの独立についていくことになるが。

……まてよ……? 私はボスから授かったK書店の名刺を、どうしても手放したくなかった。

自分の携わっている雑誌の仕事をたいそう気に入っていたことは、これまでにもたびたび書いてきた。K書店の編集部員であることを誇りに思ってもいた。なによりその時期の私は、雑誌編集者としてノリにノっていたのである。仕事が面白くてしかたがなかった。

もうひとつ言うと、新卒では入れなかっただろう会社である。

平成バブル期といえども、人気のメディア業界への就職は狭き門。ろくに勉強せず楽器を吹いてばかりいた私が入れるようなところではなかった。

現在の私は大学生・大学院生に「編集」を教えているのだが、斜陽産業と言われるなか出版社を目指す若者はいまだ少なくない。

彼らはなかなか優秀であるのに、希望どおりというわけには行っていないようだ。

30年前の私が、縁と運に恵まれたことは言うまでもない。けれどもやはり肝心なのは、必死でやる、これに尽きる。

〈必ず誰かが見ている〉

学生たちには、そう教えている。

必死でやっていれば、必ず誰かが自分を見つけてくれる。

これは30年経とうが100年経とうが、変わらないはずだと言っている。私が若い人へお伝えしたいことなど、ほとんどこの一言で済むと言っていい。