1950年におとなりの朝鮮半島で戦争が起こり、アメリカの手伝いで資材や物品の調達に追われることに。それで資材の輸入貿易を行う商社をはじめ諸産業が盛り上がった。いわゆる「特需ブーム」だ。

現在の大手総合商社を代表する三菱商事、三井物産は戦前からあった(1947~49年の間にいったん解体)し、伊藤忠商事や丸紅の前身の会社もあったが、大手だけでなく中小も含め商社はみな、わっせわっせと働いていた。

ところが朝鮮戦争は、1年半で第一次休戦協定に入る。

海外で買い付けた資材など、仕入れまくった大量の物資はだぶついて価格が下落、多くの商社が損害をこうむった。そんなに早く休戦すると思わず働きまくっていた社員たちは、自分の愛する会社が倒産するという危機に直面、そこへ国による金融資本が入った。

経営不振に陥った商社たちは、そこで主力銀行によって選別され、整理され、支配されることになったというわけだ。

あのときみんな闘った。

それぞれの、〈会社ラブ〉を懸けて。

ところがその甲斐むなしく、中小商社のほとんどが、吸収合併されていった。

商社だけでなく、戦後復興バブル崩壊の過程で、「小さいものを大きいものが次々吸収する」現象が、あらゆる産業において急ピッチで進んだ。これがその後の日本にとってよかったのかどうなのか……。

平成バブル崩壊後にも、似たことが起こった。が、どういう運命の巡り合わせか、私のボスが独立を決めたのは、そうした時期のことだった。企業の経営破綻が続出し、誰もが生き残りをかけて右往左往するなか、「寄らば大樹の陰」とは反対の生き方――大きいものより小さいもの、をボスは選んだ。

さて、そんなわけで総合商社は〈大手〉となる過程で、金融機関・主に〈大手〉銀行との結びつきを強め、バブルを頂点とした日本の経済発展をけん引してきた。

しかし1990年代に入ると、メーカーなどがコスト削減のため商社を通さずに取引する、いわゆる「中抜き」が増える。

伝統的な仲介ビジネスが、「用済み」に。

時代の変化に合わせたビジネス展開をはからずにはいられなくなった、昨今の大手総合商社。「ラーメンからロケットまで」といわれるように、身近な例では、安定した収益が見込めるコンビニエンスストアとの協業が加速している。三菱商事はローソンを子会社化し、伊藤忠商事はファミリーマート、業界トップのセブンイレブンも資本関係が薄いながら三井物産から出資を受けている。

その一方で、遠く離れた国の資源開発などもやっている。石油・天然ガスのプラントなど巨大プロジェクトに投資して、設営や運営にまで携わる。資源価格の下落などで、数千億円規模の損失を計上することもあるなかで、多岐にわたる他部門のビジネスでバランスをとっているのだ。