そんな大手総合商社志望の大学生たちは、ところでいったい何を目指しているのだろう?
大きすぎて、イメージしづらい。

「そこへ行けば、何かがはじまる」

そんなふうに感じて、惹かれているのだろうか。

その点、本づくりを目指す学生たちの気持ちはわかりやすい。自分の作ったものを自らの手で、触ることができるのだから。

ケイさん(52)は、某大手総合商社勤続30年。一度も会社を変わることなく、そして一度も結婚することなく、事務系の仕事をコツコツと続けてきた。

いまいちばん気になるのは、「指のふしぶしが痛む」ことなのだという。

「こわいですね……パソコンを打てなくなったら、仕事にならないですからねえ。こういうの、へバーデン結節って、いうんですよね?」

言いながら、膝に置いた手もとの指関節に目を落とす。30年もの年月、大企業を支えてきた、女性らしい小さな手。大型プロジェクトをコーディネートする部署で、受注したものの事務処理や秘書業務、何百ページにもわたる英文契約書を和訳したり……といった業務内容を聞いて、「すごいですねえ」と私が尊敬の意をあらわすと、いえいえ、ぜんぜん~とその手を口もとで振った。

「誰にでもできるんですよ、新人ちゃんでも。いま入ってくる子たちはみんな、最初から英語ができますからね。私の時代は入ってから勉強したものですけど……いまはみんな話せるし読める。私は自分が英文科だったってこと、隠してますから(笑)」

(……はっ! 私こそ堂々と言えたものではないのに、本稿の冒頭に書いてしまった)

謙虚に応えながらもケイさんは、英文を読むのがやっぱりずっと好きだったという。それを本職にしたいと考えたこともあった。

「翻訳学校に通って、自分で勉強してみたこともあったんです。それで身をたてられるようになったら、会社をやめようかなって。そしたら翻訳の先生に、止められた。趣味にしておきなさい、この仕事じゃ食べられないからって」

才能がなかったんですよ~と控えめなケイさんだが、翻訳学校の先生も彼女が大手総合商社勤めと聞いて、つい止めてしまったのかもしれない。そのスケールは壮大で、インドネシアの製油所だのロシアの発電所だの、1件数兆円という商売なのだ。私が会社で作っていた商品は、高くても一点2000円前後、安くて500円だった。
つづく