退社の決意が知れると、会社での居心地は悪くなった。当時、
銀行勤務だったヤエさんも、外資系の証券会社に転職することに。
業績が悪化しているにもかかわらず、
辞めにくい雰囲気が、その頃の銀行にはあったという

第14 転職前夜

ボスについていく決意をしたものの、しばらくは周囲に黙っていた。

月刊誌の仕事は目の前に山積みで、私はそれをモクモクとこなしていたが、あるときバレた。

そのとき、香港にいた。

編集部員になって多忙をきわめること5年、プライベートで初めて出かけた海外だった。

1993年末――中国への返還日まで4年ほどを残したイギリス領・香港。九龍の路上には、座り込んで骨董品を売る老人たちが溢れ、繁華街には亀を煮込んだ「亀ゼリー」屋さんが点在し、現地の若者がそれをもとめて列をなしていた。彼らの多くが当時の日本ではまだ普及していなかった携帯電話を片耳にあて、英語や中国語の入り混じった大声で喋っている。

夜、香港島からランマ島へ船で渡ってみると、周囲の小島と小島との合間に水上生活者たちの家である小舟がひしめき合い、彼らが漁った新鮮なエビを、島の食堂で美味しくいただくことができた。

香港島へ戻る船上、真っ黒な波間を見つめながら、日本での暮らしが遠いどこかのだれかの、私とは関係のないもののように思えた。

その香港旅行から戻った晩に、編集部の仲間から、留守電が残っていた。

「世界一はやく、電話をください」

ボスの独立についていく私の退社が、同僚の耳に入ったのだった。

すでにボスとロビンはK書店を退社、新会社を立ち上げており、私は3ヵ月遅れでそこへ合流することになっていたが、退社が周囲に知れて以降は、針のムシロとなった。

それまで優しかった先輩が口をきいてくれなくなり、同僚の目はきびしくなった。