大手証券会社で証券取引業務に携わっているヤエさん(52歳・独身)は、新卒で国内大手銀行に入行して7年半勤めたあと外資系証券会社へ移った。その後もう一回会社をかわって、いまに至る。

「バブル期に四大証券(野村・大和・日興・山一)に入った知人たちはみんな、5年くらいですっかりいなくなりました。勉強しなおして会計士になったり、教職についたり、全く違う業界に移った人も多かった。二度と金融業界には戻りたくない、といって。

バブル入社組が新人だった時代の証券会社の厳しさといったらなかったみたいで……とくにお店に配属された人たちは、電話持つ手をガムテープで縛りつけられて、勧誘の電話をえんえんかけさせられたなんて話もありました。いまでいうブラック企業だったと思います。金融だけではありませんね、あの頃はきっとあちこちで。山口さんのいらした出版業界も、荒々しいものだったでしょう。でも、そういうものだと、思っていましたよね?」

――はい、そういうものだと、思っていました。若い頃にそれでやってきているから、仕事がきつくないと、なんかラクしてるようで落ち着かない(笑)。体質というのは、よほどのことがないと、変わらないもので。

「私も、勝手にブラック……といいますか、90年代以降も自主的ブラック状態を続けて、とにかく仕事始めてまあ20年は、馬車馬のように働いてきました。『休むの嫌いなんじゃないか?』ってまわりに言われていたくらい。人が少なかったこともあり、私がやらなきゃって、思っていた。自分がフルに働いているうえに、人の手伝いもする。『早く帰りなよ』って言ってくれる人は誰もいない、会社全体がキツキツな状況なんですね。
使命感? そうですね……もっていたんですかね?使命感。でもいったいなんの使命感だったんだろう」

――本来は自分、ですよね。でも、〈会社と一体化〉しちゃっているから、なんだかわからなくなっている。

「このままじゃいけないって、思いましたよ。だんだん変わってきたのは、ここ10年くらいかな。週末の趣味に軸足を移してからは、ようやく会社と距離を置けるようになってきた気がします。

それまでは毎晩深夜タクシー帰りで、日中画面で数字を追っかけ続けていると、集中力がもたなくなって、事務ミスを生むこともありました。『今回のお前のミスが、いったい幾ら損失を出すかわかってんのか!?』って怒られて。ミスをしたら額が大きいのです。当時は不眠症になったり、メニエール病にもなりました。いまの同僚の女性にもやっぱりそういう人――〈会社と一体化〉している人がいます。いつかは肩の力を抜いてほしいなって。金融ってほとんどが専門職で、部署によってはじっくり仕事と向き合う女性に向いていて、がんばっちゃうんですよね」