会社の立ち上げから夢中で働くこと数年、大きなヒット作にも恵まれて、社名はひろく知られるようになった。ボスも勢いある新出版社の若き経営者としてあらゆるメディアに登場し、社員もいっそうはりきって仕事をしていた。

こうして四半世紀前の記憶をたぐりよせてみると総じて順調で、私たち社員はハッピーであったと思える。けれども「雇用される人」と「雇用する人」はぜんぜんちがうのだろう、社長となったボスは、生きた心地のしない孤独な日々が続いていたのかもしれない。そう疑い始めると、そんな気がして、つい良からぬ想像をしてしまう。

あの時期、ボスは「起業」した。

「起業」とは、事業を起こすこと。多くの場合、あるていどの資金や人材を集めて、「会社」という形をもってなされる。

「会社を作ったとき? そりゃもう、たいへんだったよ……」

起業したことのある友人らにきくと、口をそろえてそのように言う。加えて、

「ハンコをたくさんつくった」
「わけのわからない書類の山に埋もれた」
「いろんな人にアタマをさげた」

何かとお金がかかり、役所や司法書士などお世話になる人に気を遣い……とまあ、会社を作るだけでもたいへんなのに、事業が始まってからが、たいへんの本番である。これはやった本人でないと、きっとわからない。

目下こうして本連載にしたためているところだが、会社の創業から、その成長に寄り添うようなカンパニー・ウーマンとして半生を送ってきたにもかかわらず、私は「会社」というものをよくわかっていなかった。保険や税金といったバックオフィス業務はもちろん、会社が社員にさまざまなことをやってくれていた事実も。

「会社」をもっと、知りたい。

自分の会社でいったい何が起こっていたのか? と、いつしか考えるようになった。で、わが退社から10年を前に、こうしていまもって研究中なのである。

ボス社をやめた2009年3月、私はボスが起業したのと近い年の頃であったが、退社後どこにも所属することなく、いただいた仕事を一つ一つ個人で受けて、やってきた。そんなことになろうとは。勤め人だったときにはまったくもって思いつかなかったけれど、たとえ既存の組織の中で仕事をしづらくなっても、そこから一歩踏み出す勇気と行動は、のちの自分に実りをもたらしてくれる。それは天のお導きのような、あんがい自然なことだったかもしれない。

私の場合は、会社をやめると同時に乳がんが見つかってしばらく闘病生活を送ったのだが、その間にコツコツ、ものを書いていた。