右から、松本幸四郎さん、市川猿之助さん(撮影:岡本隆史)
コロナ禍の大打撃を受けながらも、歌舞伎の灯を絶やしてはならないと奮闘する松本幸四郎さんと市川猿之助さん。新春から舞台に立ち、映像作品の配信にも果敢にチャレンジしている(構成=篠藤ゆり 撮影=岡本隆史)

このまま歌舞伎は終わってしまうのか

幸四郎 新年は、歌舞伎座の「壽 初春大歌舞伎」で、父(松本白鸚〈はくおう〉さん)と息子(市川染五郎さん)の親子三代で『車引』を披露します。

猿之助 僕も、『悪太郎』で出演しています。皆さんに笑っていただきたくて、この演目に決めました。

幸四郎 『車引』は『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』の一場面。三世代で三つ子の兄弟を演じているのだけど、役柄それぞれの個性的な隈取や見得、豪快な飛び六方など伝統的な歌舞伎の様式美が詰め込まれた演目です。コロナ感染が広がって、一時は、舞台に立つ日はもう二度と来ないのではないかと悲観していましたから、本当に嬉しい。染五郎も、普段はそんなに感情を出さないほうだけど、稽古中も笑顔がこぼれていましたよ。

猿之助 『悪太郎』は曽祖父の二代目市川猿之助(初代猿翁)が大正時代に初演した演目で、澤瀉(おもだか)屋の家の芸です。過去の曽祖父の映像を見ると、もう舞台に立っているだけでおかしいんですよ。まぁ、志村けんさんみたいな感じかな。曽祖父とは違う、僕らしい悪太郎を演じたいと思っています。

幸四郎 2020年2月26日、政府からの要請を受けて歌舞伎公演が中止になった時は、正直、このまま歌舞伎は終わってしまうのか、という気持ちになったけれど。

猿之助 僕も、これからどうやって生活していこうかと悩みましたからね。働く場所がないんだから、切実ですよ。ようは失業者。それでも、お弟子さんを食べさせなくてはいけない。蔵書や絵を売ったらいくらになるかなって、本気で考えました。とにかく、「歌舞伎はないもんだ」と思って過ごすしかなかった。

幸四郎 歌舞伎座は8月に再開したけれど、コロナ対策のために座席使用は50%以下、四部制で各部総入れ替え、幕間なしと、これまでとは違う。本来、歌舞伎は、ただお芝居を観るだけではなくて、幕間に売店でお土産を買ったりお弁当を食べたりする時間も含めてのエンターテインメントだから。

猿之助 8月に再開した時は、ファンの皆さんも僕らも感無量だった。でも秋頃から第2波、第3波もあり、その高揚感は続いていない。ファンの方々からのお手紙でも、「行きたいけれど、会社から控えるようにと言われている」「家族に止められている」といった内容が多い。もちろん、命にかかわることですからしかたがありません。

幸四郎 歌舞伎では、大向こうさんから「高麗屋!」「澤瀉屋!」と声がかかることで一体感を得られるけど、今はそれも控えていただいている。早くみんなが揃った再開ができるといいのだけど。

猿之助 すべてが今まで通りに戻るかというと、それは難しいかもしれない。

右:三つ子の兄弟のうち、梅王丸、桜丸は主人の恨みを晴らすため、藤原時平の牛車の行く手を阻もうとし、時平に仕える松王丸と争う。写真は梅王丸を演じる松本幸四郎さん/左:市川猿之助さん演じる悪太郎は大酒呑みで、酔うと周囲に迷惑をかけてばかり。薙刀を振るって踊る場面が見せ場。ユーモアに溢れた新春にふさわしい演目©松竹