イラスト:飯田淳

 

バブルがはじけると、企業が目先の成果を
求める時代に――。銀座のクラブの経営者である
アイさんは、この街でくり広げられてきた
ビジネスの形も変わった、と言う

第17回 成果主義

ボスが会社を興して3年半、私たちはさらに広い場所へ引っ越すことになった。

都心だが穏やかな住宅街の一角にある3階建てで、外壁は明るいクリーム色に覆われており、正面玄関へは広い外階段をのぼる。その瀟洒な建物を、ボスは新社屋に決めた。

新たなスタートに社員一同胸をはずませていたはずだが、私はそうでもなかった。

「小さいままがいい」

その思いを周囲に話したかどうか、よくおぼえていない。話したら顰蹙を買ったと思うので、話さなかったかもしれない。

新しいオフィスは、当時の私たちからすれば明らかに広すぎた。

古今東西、男のひとというのはとかく〈成長・拡大〉が好きなものだ。かといって身の丈以上の選択をすれば、容れ物に合わせてムリすることになる。

一般家庭でも、大きな家を購入したとたんお父さんが浮気するとか家族に病人が出るとか、よくきく話ではないか。

しかしながら私が懸念するにはおよばなかった。広すぎたオフィスはやがて手狭になり、ボスの会社はこの引っ越しを機に、ぐんと発展をとげる。そして私自身も、そこから十余年にわたり、会社の成長とともに歩むがごとく、たくさんの仕事をさせてもらうことになる。

時代は1990年代半ば――、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件をへて日本じゅうが暗雲に覆われ、経済の見通しが立たなくなり、バブルを謳歌した企業は、出直さなければならなかった。

従来型の成長が止まり、経営者たちは難しい舵取りを迫られた。

各企業で経営方針が転換され、「仕事の定義の明確化や複雑化への対応」などといったもっともらしい言葉が並べられたが、ようは「効率化」という名のコストカット。

多くの会社で「成果主義」の導入が進んだ。