これまで銀座のママとして多くの会社経営者やビジネスマンたちと交流を重ね、日本企業の変遷を目の当たりにしてきたアイさん、その仕事との出会いは30年前にさかのぼる。時はバブル絶頂期の80年代後半であった。

――大学在学中から都内のクラブにアルバイトで、働きはじめたのでしたね? あっというまにナンバーワン・ホステスに……これを私の仕事にしたい、とすぐに思いましたか?

「さいしょはつらかったんです。クラブのホステスって、こんな仕事なの? って。いわゆる世間のイメージとはぜんぜんちがう」

――お客さまの仕事をよく知らなければ、ですよね? クラブを使う男性には会社経営者やビジネスマンのほか、官僚、政治家、そして作家などの文化人も多い。相手についてはもちろん世の中のことを広く勉強して、それらを共有しながらお客さんを楽しませる。話術や礼儀正しさ、食事やお酒のマナー全般、サービス精神は、おおいに必要になってくる。身なりは当然、美しく整えなければならない。

「じつは極力、人と喋りたくないんです。ほんとにつらい……」

――あ、それは了解していますよ。以前メディアで取り上げられたときのアイさんをたまたま見ていた私は、そういう方だとわかっていました。だから今日も、話してくれるかなぁ? って。(笑)

「お会いする前に飲んできました(笑)、お酒を入れることで気持ちを高められるので。私はこうして喋りが苦手ですけれど、ホステスって、喋りが上手くても売り上げの上がらない人もいる。こうすれば人気が出るというマニュアルが、ないんですよね。そこで何ができるか? それが面白い」

学生アルバイトでホステスの仕事に手ごたえを感じたアイさんは、この道で生きていくことを選ぶ。

「バブル期に希望して入った大学……でもいざ就職となったら80年代の終わり頃はまだ、女性が一般企業の第一線で活躍することは難しい時代でしたよね。女性が主役になれる仕事をしたい――九州出身だった私は、そうした気持ちが強かったかもしれません」

働く女性の先駆けでもあったホステスの世界へ。初入店したクラブで人気を博し、オーナーからそこを継ぐよう促されるが、アイさんは自分の力で出店することをめざす。その転機には、病があった。

「病気は、いま思えばストレスが原因。アルバイトからお世話になっていたクラブで、オーナーママにはいろんなことを教えていただいたけれど、はたちからいた場所に一生縛られると考えたらゾッとして。そこで仕事を続けることがつらくなった。そしたら身体を壊してしまいました。それでやめる決心をしたのです」

自分でクラブをやるなら、やはりこの仕事の最高峰・一流店が集まる銀座で。その場所では厳しい戦いが待っていたが、アイさんは女性経営者となって、そこへ進出することを決める。

「いきなり店を出したわけではありません。最初はヘルプホステスでお店に入るなどして、いろいろなところを見て回って。お店のあく時間の前から、銀座の街を歩くのです。すると、売れっ子のホステスを路上で見かけます。早い時間に銀座に来ている、ということは〈同伴〉があるということ。同伴というのは、お客さまから食事に誘われて付き合うことですが、食事のあとにお客さまを自分の店にお連れする、お客さまと一緒に出勤するのです。売れっ子のホステスは、その予定がぎっしり入っている。そういう子は売り上げを上げて、次々お店を移って、どんどんステップアップしていく。

でもどのお店でも売り上げノルマが厳しいので、挫折する子がすごく多いんですね。だから私が自分のお店をやるにあたっては、売り上げノルマをつくらないことにしました。いい店にするには、彼女たちホステスに〈愛社精神〉をもってもらうことが大事かと」