イラスト:飯田淳

 

1996年前後、日本の出版界が
ピークの時を迎えた頃、日本の金融市場は
早くも世界の信頼を失っていた。
その打開策が、日本版「金融ビッグバン」のはずだった

第19回 金融ビッグバン

「他人の手垢のついた仕事をするな」とボスは言った。

編集者それぞれが、自分の感性で探し、見つけた人と、仕事をしようということだ(と私は解釈している)。

私がいた時分のボス社は文芸出版社だったので、編集者の重要な仕事のひとつに新人作家の発掘があった。

まだ本になっていない原稿から、才能を見出すのには訓練がいると思う。ただ、しょっちゅう原稿を触っていると、原稿が教えてくれるのである。

「この人はなかなかいいよ」と。

文芸誌などで新人賞を取った作品を読むのはもちろん、まだ名の知られていない書き手にも、アンテナをはっておく。「この人はやがて売れる」とピンときたら、なるべく早く、会いに行く。

たいてい書き手というものは――こと新人さんにおいては、あれもこれもといっぺんにはやれないものだ。したがって、いい人を見つけたら速攻、会っておかねばならない。ぼやぼやしていると他社の編集者氏に取られてしまう。

新人さんに連絡すると、たいてい快く会ってくれた。当然である。新人さんは書きたいから書いている。出版社の編集者が会いにくるというのは、最高の幸せなのだ。

相手が新人さんの場合のみならず、作家と会うとき編集者は必ずテーマをもっていく。「私と仕事をするときには、これを書いてくださいね」と。

「いいですね、それやりましょう」と盛り上がるケースもあれば、「いやそうじゃなくて」と逆提案されることも。たとえこっちの出したテーマが不評でも怯まず、何かしらもっていくことに意味がある。ああでもないこうでもないと言い合うためのもの、にすぎない。

編集者があれこれ言ったところで、書く人というものは書くべきものを書くことになっている。かといって、編集者がいなければ、はかどらない。

やる気のある人なら編集者と会ったあとで、サンプル原稿やプロットをすぐ書いてくる。

やっぱり机に向かう人でないとだめで、一緒にいて楽しいだけの人とばかり会っていてはボスに叱られる。ブツ(原稿)をもってきてなんぼである。編集者は書かせるのが仕事。作家は書くのが仕事。書くことに必死で取り組む人を何人か抱えて、そのなかから一緒に成長できる人にもし出会えたら、編集者も幸せである。