イラスト:飯田淳

 

私が多くのベストセラー作品に恵まれる
ようになった頃、ヘイセイガンネンズの女性たちは
結婚とキャリアの狭間に立たされる。
1990年代後半のことだ――

第20回 大河の一滴

親しくしていた小説家のFさんと、インドを旅していた1998年、春。

デリー、バラナシ、コルカッタ、のうちどこだったかは忘れてしまったが、宿泊していたホテルに国際電話がかかってきた。

「ミルちゃん、売れてるよ!」

電話は会社の先輩からで、私が日本を発つ前に作った本、『大河の一滴』が売れに売れているというのだ。

どの本がどのお店で何冊売れているか? それをパソコンで見ることのできるオンラインシステムが、国内最大手の書店チェーンではじまった頃だった。先輩はそのデータを見て、電話をかけてきたのだ。

「編集者ってたいへんだ~」

そばにいたFさんは、インドにまで会社から電話がかかってくるなんて……と思ったかもしれない。

いやいや、こんなハッピーなことはない。担当作のベストセラー化はなによりも嬉しかった。自分の担当した本が売れること、それ以外に幸せなことなどなかった。

どんな高価なプレゼントより、素敵な男性との恋より、「売れる本」。「売れる本」だけが、私を救ってくれる。

当時の私はしょっちゅう小さいことにクヨクヨしていたが、作った本が売れさえすれば、なにもかも帳消しになる――そう信じていた。いまにして思えばどうかしている。

私が雑誌編集者から書籍編集者になった当初、先輩からアドバイスをもらった。

「とにかく作家を最優先すること」

作家先生の用事とほかの用事が重なったときは、迷わず先生のほうを選ぶべし。どっちにしよう? などとはいっさい迷わないのが、ポイントだと言う。

私は良いことを教わった。なにをおいても優先すると決めること――それ以外に大きな仕事をなす方法などないのだということを、だ。