気鋭の国際政治学者として注目される三浦瑠麗さん。
子育て論から環境、エネルギー政策まで、独自の視点で幅広く語ってくれました

子どもに読ませたい宮沢賢治

竹内三浦さんは、さまざまなメディアやSNSで情報発信をしておられますが、「山猫日記」というブログはそのひとつですね。一方、2015年にご自身の活動拠点として設立したシンクタンクも、「山猫総合研究所」。僕は、この「山猫」という名前がすごく気になっているんです。

三浦事務所の名前は、宮沢賢治の『注文の多い料理店』から拝借しました。二人の紳士が、狩りの途中で森に迷い込み、お洒落なレストラン「山猫軒」を見つけて入っていく。そして「山猫」の指示で上着を脱ぎ、体にクリームを塗りこんだりしているうちに、自分たちが山猫に食べられようとしていることに気づく、という有名な童話です。私にとって山猫は自由な魂の象徴。そして賢治の世界では「人間に対する観察眼」を反映していて、「人を食う」存在でもあります。それにあやかり、私も「人を食った」政治評論ができたらいいなと思い、「山猫」を名前につけたのです。

竹内奇遇ですね。僕も宮沢賢治が大好きなんです。わが家には全集を揃えていますし、若い頃は、賢治の足跡をたどる旅もしました。僕が主宰するプライベートスクールでは、子どもたちと一緒に星座表を見ながら、もうひとつの代表作である『銀河鉄道の夜』を読んだりしています。

三浦それは素敵な授業ですね。私が宮沢賢治の世界に触れたのは幼稚園生の頃。好きでしたね。小学生のとき、「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ……」という有名な詩が、体育館に大きく掲げられていました。でも、そんなふうに堂々と飾られたり、大きな声で言ったりすると、良さがまるでなくなってしまう。子どもたちは、「こんな立派な人にならなくちゃいけないんだ」と萎縮してしまいます。でもあれは、なかなかそうできない人のつぶやきなんです。

竹内学校教育の現場では、知られざる部分を学ぶのは難しいかもしれません。でも賢治ファンとしては、子どもたちが想像力を膨らませ、自由な解釈ができる環境で、宮沢賢治の世界に触れてほしいと思います。

三浦確かにそうですね。私は、今年10歳になる娘に、小さい頃から『注文の多い料理店』を絵本で読み聞かせていました。紳士たちが恐怖におののいてギャーッと白目をむいている絵を見て、「こわい、こわい」と言いながらも、うちの娘は物語に夢中になっていました。

竹内実はわが家にも10歳の娘がいまして、子育てに奮闘中なので、三浦さんの子育て論もぜひお聞きしたいです。

子育ての目標は自我の確立

三浦私にとって、子どもを育てるうえでの最終目標は、自我を確立させることです。自我、というのはわがままでもありますよね。でも、わがままが通らない経験をする過程で、同時に相手に対する想像力と思いやりを育むことを学びます。はじめは、自分目線での物事の捉え方しかなく、欲望からわがままが出てしまいますが、そこで相手の立場になって考えられるように導けば、思いやりが芽生えます。究極的に言えば、私たちが思いやりを持つのは、自分が相手の立場になったとき同じようにしてほしいから。だから、自我を持ったうえで共感力を養うというのは、相手だけでなく自らを大切にできる人を目指すということなのです。それが、私の求めている自我の確立です。

竹内相手の立場で共感できるようにすることが大事ですね。僕は、それを教えるのにちょっと苦戦しています。わが家では、猫のトイレ掃除は娘の役割なんですが、いろいろと理由をつけてサボりたがるんです。そんなときは、「自分がトイレに行ったとき汚かったらどんな気持ち?猫も同じじゃないかな」と問いかけます。猫の立場になって共感してほしいからです。でも、猫のトイレは4つあり、全部を朝晩掃除するのは大変。それでつい助けたくなりますが、そこはグッとこらえ、宿題が多かったり、帰りが遅くて眠くなったときだけ、半分手伝うようにしているんです。

三浦それって私を含め、多くの親が抱える共通の悩みだと思います。助けてしまったほうが楽なんですが、全部やってあげてはダメですね。

竹内相手の立場になって考えるということは、子どもたちがもう少し大きくなって、SNSを使うようになることを考えれば、大事な教育だと思います。今の時代は、思いやりのない攻撃にあふれていますからね。僕は最近「クソリプ」という言葉を覚えました(笑)。内容がまったく見当外れで、気分を害するような暴言が含まれたSNSのリプライ(返信)のことですが、大量に送られてきたんです。そんなことをする大人にこそ、SNSの再教育が必要です。