絵:石黒亜矢子
詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している「ショローの女」。夫が亡くなり、娘たちも独立、そうして伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。一人で暮らすようになってから「料理」はしなくなったという伊藤さん。「食べるのが面倒くさい。わびしくてたまらない」というそのわけは

あたしはこの頃人の手で作られたものに飢えているような気がする。

人の手で作られて人が味をつけたもの。人が皮をむき、人が骨をはずし、人が切ったりすりつぶしたり煮たり焼いたりして作ったもの。あたしは昔、そういうものを食べていたが、この頃はぜんぜん食べていない。そんな気がする。

その食べてたのがいつだったか思い出そうとするのだが、もう記憶が遠くなっちゃってなかなか思い出せない。

カリフォルニアにいた頃は食べていたような気がする。日本に帰ってきてからも、コロナ前は食べていたが、コロナ後は食べていないような気がする。

いやコロナ前だって、早稲田と熊本の間を通い詰めていた頃はコンビニ食だった。枝元の家に帰ると枝元の手が作ったごはんが待っていたが、忙しいときは帰らずに研究室で寝袋で寝た。そんなときはコンビニ食か、学生を誘ってサイゼリヤだった。