イラスト:マルー
阿川佐和子さんによる『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」から。
バレエの名作「くるみ割り人形」を観に行ったときのこと。コロナ禍でもあり、会場は感染対策が徹底されている。どことなく緊張感の漂うなか公演は始まって――

新型コロナの勢いは収まるどころかさらに増しているかにも見えるが、そんな中、劇場での芝居やパフォーマンスは極めて慎重に再開し始めた気配がある。

先日、松山バレエ団主催、森下洋子さん主演の『くるみ割り人形』を観てきた。『くるみ割り人形』はクリスマスのハイライト演目だ。さほどのクラシックバレエファンではない私でも、今まで何度か観た覚えがある。チャイコフスキーによる数々の名曲も子供の頃から耳慣れている。

ことに私は「花のワルツ」が好きだ。「好きだ!」と思ったのは実は数年前のこと。カラヤン指揮・ベルリンフィルハーモニー演奏のCDの中に入っていた。運転しながら車の中で聴くうちに、昔から知っていたメロディにもかかわらず、なんといい曲であろうかと再認識した。

長閑(のどか)で壮大なホルンの音色で始まり、ワルツのリズムとともに少しずつ、じわじわと、そしてどんどん盛り上がっていく。白やピンクのドレスを揺らして踊り子たちがぐるぐる旋回する姿を目に浮かべる。この曲に合わせて飛んだり跳ねたりする踊り子たちの心はさぞや喜びに満ちていることだろう。踊っていない私でさえ踊りたい気持になる。いつかこの曲を踊りと一緒に堪能したいものだと思っていたので、そのシーンを格別楽しみにして会場へ赴いた。

上野の東京文化会館はマスク顔の人々で溢れ返っていた。親子連れ、カップル、年配者。髪をひっつめて背筋をまっすぐに伸ばして歩く、いかにもバレエを習っていそうな少女たち。チュチュのようなドレスを着た女性もいる。きっとバレエが大好きなのだろうなあ。ホワイエにはクリスマスツリーが飾られて、いやが上にも気分が盛り上がる。しかし、どことなくあたりに緊張感も漂う。「コロナに注意」という暗黙の戒めが、観客にも主催者側にも徹底されているかのようだ。