大学生の頃、私は自分でも驚くほど町中遭遇頻度が高かった。

「今日、渋谷駅で偶然、M子とばったり会ったの」

「お店に入ったら、T子が彼氏といたのよ」

「六本木で歌手の〇〇を見かけたよ!」

我が身に起こったニュースを他の友達に話すのが楽しみだった時代がある。なぜこんなに遭遇するのかと考えて、思えばひっきりなしに周囲に視線を配りながら歩いていた気がする。大学生になり、親の厳しい監視下とはいえ、高校時代に比べれば行動範囲も行動時間も一気に広がった。興味と関心が溢れ、見るもの聞くものがうらやましく輝かしく映った。それなのに、いつの頃からか視野が狭まった。目撃すると、感動より腹立たしさが先立つようになったせいか。世間のスピードについていけなくなったのかもしれない。他人様と視線を合わせないように歩いていることが増えた。それでも目に入るものはある。

ウチの近所の坂はきつい。ときどき坂の途中で立ち止まっている高齢の方がおられる。一度、自転車のハンドルを両手で握ったまま、とんと動かぬおじいちゃんを目撃した。あまりにも長い時間、そのまま立ち止まっておられるので、近づいて声をかけた。

「大丈夫ですか?」

するとおじいちゃん、こちらを振り向くことなく呟いた。

「疲れちゃったの」

別の日。同じ坂でおばあちゃんが両手に買い物袋を持ち、歩みを止めた。しばし休息を取っているのだろう。坂の上から下りてきた私は、そのまますれ違おうと思ったが、ふと思い立ち、声をかけた。

「上までお持ちしましょうか?」

しかしおばあちゃんは私をチラリと見てきっぱりと、

「大丈夫です」

ムッとした顔で歩き出した。きっと意地があったのだろう。余計な同情は無用だと言いたかったのかもしれない。私は小さく会釈して通り過ぎた。明日は我が身だ。

どうもそちら方面ばかりが目に入る。


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