『るん(笑)』著◎酉島伝法 集英社 1800円

 

奇妙な世界に生じるなまなましいリアル

底抜けに陽気なのか毒々しいのかわからない強烈な装幀とタイトルに、頁を開く前からもうざわざわする。独特の造語を駆使して圧倒的なSF世界を描き出す作者による連作小説集。頁を開けばそこは私たちのよく見知った世界……のようでいて、微妙なズレが。「三十八度通り」では、発熱に苦しむ主人公が解熱剤を服用したことを、妻が〈まさかそんなものに頼っていただなんて〉と異様に責める。

そこは、薬や病院や科学的思考が忌むべきものであり嘲笑の対象となった世界なのだ。人々は血液型や星座やホクロその他の占いを判断基準にし、〈免疫力を高める水〉を作って飲み、〈心縁〉と呼ばれる人どうしの繫がりを何より大事にする。今の私たちが迷信や似非科学、または所謂「スピリチュアル」として受けとめているものと科学との扱いが、逆転したif世界といえるだろう。

発熱は〈気の持ちよう〉と言われ、やがて〈平熱が三十八度に引き上げられ〉ていく。おそらくは政治的に。先ほどは逆転と書いたが、むしろ私たちの世界と地続きだからおそろしいのかも。

作者ならではの見事な言語表現で奇妙な世界になまなましいリアルが生じる。〈疲れ〉は〈憑かれ〉と表記され、この世界を当たり前に受け入れている人物は、「千羽びらき」で、病気などという〈波長の悪い言葉〉は使わず〈疒なんか取って、丙気 って言わないと。そうすれば平気になってくるでしょう?〉と語る。思わず笑ってしまうけれど、そこは明るく歪んだ価値観に抑圧されるディストピアだ。〈るん(笑)〉が何を言い換えた単語か明かされたとき、総毛立つ心地がした。物語が進むにつれて見慣れない造語が増え、言葉が人の思考と社会を変えていく不気味な気配が警告のように残る。