イラスト:本田佳世
時間に追われる毎日を送っていたあの頃。無理することが当たり前という生活に、気がつけば体が悲鳴を上げて──(「読者体験手記」より)

あてがない以上、自分で稼がなくては

ああ、よく働いた。時々思い出しては自分をほめたり後悔したり。70歳になり、来し方を振り返ると、いつも誰かのために働いてばかりだった。それが知らず知らずストレスと病のもとをためていたのかもしれない。

25歳で結婚し、子どもを3人産み家事育児に専念した20代。夫は薄給の上、夫の親はすでに亡く、私の親も事情があり一切頼ることはできなかった。末っ子の次女が幼稚園に入るのを機に内職を始めた。少しでもスキマ時間を利用してお金を稼ぎたかったのだ。1万円足らずのために納期に間に合わせようと徹夜もした。

その後、子どもの成長に合わせ、配達などの仕事も始めダブルワークに。子らは3人とも別々のスポーツに夢中になり、なにかと物入りで、週末は試合の世話に駆け回る。睡眠時間も短く、いつもコマネズミのように動いていたと思う。

5人きょうだいで唯一の男である夫は、田舎の冠婚葬祭の費用を一手に担っている。嫁の私は顔も知らない親戚の台所の手伝いに駆り出された。体力も気も使い、帰宅しても疲れ果てて寝つけず、睡眠導入剤を飲んだことも。

やり切れぬ思いをぶつける場もなくストレスは蓄積される。だが、無理をすることに体も少しずつ慣れていったのだろう。