第1回が配信されるやいなや、大きな話題になった翻訳家・村井理子さんの隔週連載「更年期障害だと思ってたら重病だった話」。47歳の時に心臓に起きた異変。入院後、苦しい経食道心エコー検査やカテーテル検査を乗り越え、病名は「僧帽弁閉鎖不全症」と判明。主治医から大学病院への転院を勧められ、一時退院することになるが……。『兄の終い』の著者が送る闘病エッセイ第12回。

前回●主治医に〈私は近い将来に死にますか?〉と質問をぶつけた話

外の世界があまりにも厳しすぎるんだけど?

病院の駐車場で待ち合わせていた夫と落ち合った。背中からバックパックを必死に下ろして車に積み込もうと思ったものの、下ろしたバックパックの重さで体全体が振り回され、ドアにぶつかり、そのまま寄りかかって体を支えるような状態だった。

ちょっと待って、外の世界があまりにも厳しすぎるんだけど? と思った。退院日はとても寒い日で、風がびゅうびゅう吹いている。その風にさえ、体を押されて倒れそうになる。ふてぶてしく生きていた私はどこに行ってしまったのか。これではまるで病人ではないか、いやいや、私は病人であった……と、何度もぐるぐると頭のなかで考えることになった。

重い荷物をなんとか積みこんで、夫の運転する車で家まで向かったのだが、車が揺れると体に堪える。2週間以上寝ていた私には、助手席のクッションがあまりにも固く、落ちついて座っていられない。車に揺られて目眩がする。首が座らない。幼児か。椅子に座ることにさえ苦労するという状況は、実はこの先しばらくの間続いた。筋力が衰えていくスピードの速さには、完全に回復した今でも恐怖を感じる。

ある程度今までの生活に戻ることが出来るのではと期待して退院した私だったが、その期待はあっさりと裏切られることになった。病院から自宅に戻ってまず驚いたのは、玄関ドアがとても重く感じられたことだった。心不全の浮腫が抜け、入院前より遙かに身軽になり、心臓の負担が減って体力もそれなりに戻っていると自信を持っていたのに、病院内では通用したことが、外の世界では一切通用しなかった。