主治医は確かに、階段には気をつけて下さい、重い荷物は持たないでとは言っていたが、まさか本当に階段を登ることができなくなるとは想像していなかった。自分は絶対に大丈夫だと思っていた。緊急入院した当日でさえ、平気で登っていた階段が、退院後に登ることができなくなるわけがないと思っていたのに、足元はおぼつかず、浮遊感があり、まったく前に進むことができない。車の運転もしばらく止めるよう言われていたこともあって、退院したとはいえ、私に出来ることはほぼないと自覚した。

写真提供:村井さん

持たされた大量の薬

自分が以前とは別の人間になってしまっていることが怖ろしかった。病院から一歩出れば、主治医はいない。優しい看護師もいない。ここで倒れたら私は死んでしまうという恐怖につきまとわれているようだった。常に右手に携帯電話を握りしめていなければ安心できなかった。主治医は転院先の大学病院の初診日を、退院から2週間後に予約してくれていた。それが最速の日程だったそうだ。その2週間のあいだに、体調に異変があればすぐに来て下さいと言われて安心するどころか、とても不安になった。

私をよりいっそう不安にしたのは、持たされた大量の薬だった。大きなビニール袋にたっぷり入った薬は、自分の状況の深刻さを表すようで、見るだけで辛かった。

辛かったといえば、利尿剤だ。ものすごくよく効く利尿剤を飲むと、外出が難しい。退院直後は何種類かの利尿剤が処方されていたため、トイレに通いっぱなしだった。喉がとても渇くが水分制限も厳格で、どう対応したらいいのかわからない。夜中に何度も起きるし、起き上がると息切れするし、とにかく利尿剤には苦労ばかりさせられた。

術後2年が経過した今となっては、尿意を念でコントロールすることが可能になったが、当時は落ち着かない日々だった。何ごとも積み重ねであるなと思う(当然、処方量も最低レベルとなっている)。