絵:石黒亜矢子
詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している「ショローの女」。夫が亡くなり、娘たちも独立、そうして伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。
早稲田大学で3年間、学生たちに詩を教えてきた伊藤さん。じつはそれまで詩なんて教えられないと思っていたのだという。

寂聴先生が「小説を書きなさい」とおっしゃる。問題を抱えた人との対談でお約束のように「小説を書きなさい」とおっしゃる。あたしも言われた。あたしはそれを「詩」に置き換えたい。何かあったら、とりあえず詩を書こう、と。それがあたしの早稲田の三年間の結論かもしれない。

早稲田を始める前には、詩なんて教えられないと思っていた。実はあたしも七〇年代に「日本文学学校」というところに行って詩のクラスで「教えられ」ながら詩を書き始めたのだが、生意気な若い女だったあたしは、教えられたのではなく、きっかけを作ってもらっただけだと思っていた。自分がどう書いてきたかということを考えても、どうもうまく説明できないので、詩は教えられるものではないと思っていたのだった。

ところが昨今、アメリカやヨーロッパの大学で、詩は教え教わるものになっていて、友人知人の詩人たちにも大学で詩を教えている人が多いのだ。聞いてるとなかなかおもしろそうで、ペン習字じゃないんだから大切なところは伝えられないんでは? と思いつつ、三年前に早稲田から話が来たとき、尻込みする気はまったくなかった(日本に帰ることについては少々尻込みした)。