第1回が配信されるやいなや、大きな話題になった翻訳家・村井理子さんの隔週連載「更年期障害だと思ってたら重病だった話」。47歳の時に心臓に起きた異変。入院後、苦しい経食道心エコー検査やカテーテル検査を乗り越え、病名は「僧帽弁閉鎖不全症」と判明。主治医から大学病院への転院を勧められ、一時退院した村井さんは、自分の体が変わってしまったこを悟る。『兄の終い』の著者が送る闘病エッセイ第13回。

前回●退院後、慣れ親しんだベッドも、洋服も、本も、無理になった話

家の近くにこんなに素晴らしい先生が!

転院先大学病院での初診数日前、私はパソコンの前に座り、とあるニュース動画を食い入るように見ていた。主治医から「転院先の大学病院の先生ですけど、インターネットに情報がたくさん載ってますよ」と教えてもらい、それは絶対に予習せねばならないと、どきどきしながら検索し、早速見つけて必死に見ていたのだ。

A医師としよう。その動画はとある報道番組の特集映像だった。大学病院を変えた外科医としてA医師を紹介し、その型破りとも言える治療を紹介していた。A医師とチームの噂を聞きつけ、全国から患者が集まるという。清潔で明るい病棟には、A医師を慕って手術を受けにきた患者が多く入院しており、口々に「本当に助かりました」、「安心しました」と言っていた。それを見る私の目はきっとギラギラしていたと思う。

私は自分の幸運に喜んだ。自分の家の近くにこんなに素晴らしい先生がいたなんて、私ってラッキー! と思った。冷静に考えてみれば、生涯二度目の心臓手術を受けなければならないという運命にラッキー要素は限りなく少ないのだが、一度最低まで落ちたメンタルは、わずかなプラス要素も見逃さないモードに入っていた。私は何ごとも自分に都合のいいように捉えるのが得意な人間だ。どんな不運も無理矢理プラス方向に引っ張っていき、大丈夫だと思い込み、精神の安定を図る傾向が強い。このときもたぶん、そういうことだった。