第1回が配信されるやいなや、大きな話題になった翻訳家・村井理子さんの隔週連載「更年期障害だと思ってたら重病だった話」。47歳の時に心臓に起きた異変。入院後、苦しい経食道心エコー検査やカテーテル検査を乗り越え、病名は「僧帽弁閉鎖不全症」と判明。「神の手」と呼ばれる医師のいる大学病院に転院し、手術を受けることになる。「『兄の終い』の著者が送る闘病エッセイ第15回。

前回●「退院する日、私はこの〈王将〉で餃子を食べる!」と誓った話

ここからが、私の闘病の本番だ

手術のため大学病院へ入院した日、私は懲りずに一人で病院までやってきていた。初診の時は家に戻る途中で歩けなくなったので、入院当日は病院入り口ですべての荷物をカートに載せ、そのカートにすがりつくようにして、ゆっくりと歩いて病棟に向かった。

病棟に繋がるエレベーターまでは、入り口から少しだけ距離がある。多分、健康な人にとってはわずかな距離だろうが、病人で歩くことが精一杯のその日の私には、遥か遠くに思えた。途中、コンビニや図書室があり、多くの人が忙しそうに行き交っていた。自分だけ動きが遅いことが気になりつつも、コンビニで必要なものを少しだけ買い求めることにした。非日常の空間のなかの、完全な日常。世界と唯一繋がる場所。病院内のコンビニの存在に、心慰められる日が来るとは夢にも思っていなかった。

人の多い賑やかなエリアを抜けると、まるで「ここからが本番です」と言わんばかりの静かな空間に到着した。エレベーターホールだ。早速エレベーターに乗りこみ、目指したのは循環器内科心臓血管外科だった。エレベーターは私一人を乗せ、あっという間に3階に辿りついた。とうとう、辿りついてしまった。ここからが、私の闘病の本番というわけだ。

開いたドアの左手に、大きな自動ドアの入り口があった。ドアの横にはCardiovascular Medicine Cardiovascular Surgery(循環器内科 心臓血管外科)と書かれたパネルが設置されていた。一応翻訳家なので、どうしてもそこに目が行ってしまい、「綴りが難しい!」と考えたのを記憶している。