「いずれアヤメかカキツバタ」の由来

「よく似ていて優劣がつけにくく、選択に迷うときに使われる言葉として、『いずれアヤメかカキツバタ』が使われるようになった」といわれます。これは、室町時代の軍記物『太平記』に書かれている話に由来します。

鵺(ぬえ)退治に功績のあった、平安時代末期の武将、源頼政(みなもとのよりまさ)は、仕(つか)えていた鳥羽院の身近にいる、菖蒲(あやめ)の前(まえ)(菖蒲御前とも)という女官(にょかん)に思いを寄せていました。

それを知った鳥羽院は、「この中から、『菖蒲の前』を首尾よく選べたら、彼女を褒美として娶(めと)らせる」と、12人の美女(一説には、3人とも、5人とも)を紹介しました。

頼政は、あまりの美女揃いのために、どれが菖蒲の前なのかの区別がつかず困り果て、「五月雨(さみだれ)に 沢辺(さわべ)のまこも 水越(みずこ)えて いずれ菖蒲(あやめ)と 引きぞわづらう」と詠います。

「5月の雨で川が増水して、岸に生えるマコモ(川や池に育つ大型のイネ科の植物)とアヤメとの区別がつかなくなるように、12人のうちの誰が『菖蒲の前』なのかわからなくなった」という意味です。

鳥羽院はこの歌に感心し、めでたく、頼政は菖蒲の前を娶ることができました。この逸話から、「いずれアヤメかカキツバタ」という言い方が生まれたとされます。