第1回が配信されるやいなや、大きな話題になった翻訳家・村井理子さんの隔週連載「更年期障害だと思ってたら重病だった話」。47歳の時に心臓に起きた異変。入院後、苦しい経食道心エコー検査やカテーテル検査を乗り越え、病名は「僧帽弁閉鎖不全症」と判明。「神の手」と呼ばれる医師のいる大学病院に転院し、手術を受けることになる。入院当日は個室も気に入り、幸先のいいスタートだったが……。「『兄の終い』の著者が送る闘病エッセイ第16回。

前回●闘病の本番の始まり。今回は自由に入院生活を送ると決めた話

「君の心臓、あまり動いてなかったね」

入院患者が暇かというと、そうでもない。特に、手術のわずか4日前に入院した私のところには、病室に入った直後から、次から次へと医師や病院スタッフがやってきた。

忙しそうに病室に入ってきたもう3人の担当医のひとり、O先生はとても印象的だった。風のようにやってきて、「大丈夫ですんで、任せてください」と言い、風のように去って行ったが、なにやらものすごく強そうな人だった。運をすべて味方につけているような印象があった。なにをやっても負けないタイプの人かもしれないなと考えた。

初診のときに話をしたA先生は、きさくなK先生を伴って病室にやってきた。ビシッとノリの効いた白衣は、裾までシワひとつない。白衣の下にはワイン色のセーター、黒いスラックス、黒い革靴(ピカピカ)。病室の壁に寄りかかり、腕を組み、微笑みながら、「君の心臓、あまり動いてなかったね」と言った。右手をすっと顔の前に出して、人差し指と親指をわずかに動かして「これぐらい」。横でK先生は、うんうんと頷いていた。この様子は、今でも鮮やかに脳内で再生できる。

「びっくりしちゃったよ、なあ?」とK先生に問うA先生。K先生は、「そうっすね」と頷きながら答えていたと記憶している。K先生は、かなり深刻なレベルだったと説明してくれたし、A先生も、「間に合ってよかった」と言いつつ検査結果の詳細を私に説明してくれていたのだが、私はといえば、2人の医師の詳細な説明が、半分も頭に入ってこない状態だった。本当に危ないところにいたのだと改めて認識しつつも、心のなかの心配スイッチを切ることに成功していたからだ。