絵:石黒亜矢子
詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している「ショローの女」。夫が亡くなり、娘たちも独立、そうして伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。3年勤めた早稲田大学の卒業式に出席した伊藤さん。連載「ショローの女」最終回です。

早稲田の卒業式だった。ひっそりと寂しい卒業式だった。といっても去年はコロナで卒業式がなかったし、一昨年は知らずにアメリカに帰ってしまっていた。つまりあたしにとっては今年が最初で最後なのだった。

今、知らずにと言ったが、ほんとに知らなかったかどうかあやしい。普通、卒業式は3月の終わりにある。常識ですよ。しかしあたしは長年のアメリカ暮らしで、卒業式は5月というのが頭にしみついていた。

と言ったが、それもあやしい。娘が3人、あたしが出席した大学の卒業式は次女のサラ子だけで、長女のカノコは、卒業式なんか自分も出ないから来たってしょうがないと言ってきたし、末っ子のトメのときはすっかり忘れていて、欠かせない仕事を日本で入れちゃっていたのだった。トメには文句を言われたが「だって卒業式といったら3月でしょう」と言い逃れしたのを覚えている。

ともかく卒業式には何の思い入れもなく、自分のときはデニム生地のジャケットに穴の開いたジーンズで、同い年の枝元は「ヒッピー丸出しのドレスを着ていった、スカートのすそがほどけてビラビラしたやつ」と言っていた。そういう時代だったのだ。

当日早稲田の戸山キャンパスに行ったら、研究室は退室してしまった後だから、居場所がなかった。でも「あ、せんせー」と何人もから声をかけられた。