イラスト:マルー
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。今回は眠れない夜についてのエピソード。子どもの頃から寝つきのいいのが自慢で、お父さんに叱られたり、失恋したり、嫌なことがあれば寝て解決していた阿川さんが、最近眠れなくなってきたとか。無理やり眠ったら今度は悪夢に襲われて……。

あっという間に桜の花も散り、新型コロナの行く末はいまだに見えず、しかし季節だけは着々と移りゆく。テレビ番組の仕事が一つ終わって多少の時間的余裕が生まれたせいか、最近、よく眠る。

晩ご飯の片付けを終えてしばしテレビを観ているうちに、そろそろベッドに入りたくなって時計を見ると、まだ九時前。いくらなんでも早すぎる。もう少し仕事をしようとパソコンに向かうのだが、30分もしないうちに、こくりこくりと船をこぎ始め、そうなったらもう頑張る気力なし。さっさと諦め、パソコンの電源を切って寝室へ向かう。

春のせいか。いや、歳のせいかもしれない。

子供の頃から寝つきがいいのが自慢の一つであった。私にとって睡眠は一種の逃避だったような気がする。幼い頃、父に叱られてさんざん泣くとまもなく瞼が重くなり、しゃくり上げながらいつのまにか眠りについた。悲しいことや嫌なことがあるとたちまち眠気に襲われる。長じたのち小さな失恋をしたときも、「胃が痛い」という理由でひたすら床についていた。寝れば忘れる。寝ればいつしか時間は過ぎる。寝ればとりあえず体力は回復する。そんな治癒法を誰に教えられたわけでもないが、なぜか私は落ち込むと、無意識のうちにベッドへ潜り込む癖があった。

むしろ楽しいことが翌日に控えていると、ふだん寝つきのいい私が、なかなか寝られなくなる傾向がある。遠足前日の子供と同じだ。ここ数年のことでいえば、ゴルフの前の夜がそうである。早く寝ないと身体がもたないと思えば思うほど、ベッドの中で頭が冴えて、目を閉じながらイメージ素振りを何度も繰り返す。

「ぜんぜん寝られなかったあ」

朝、目覚まし時計を止めて不満げな様子で相方に報告すると、たいがい言われる。

「そう? よく寝てたよ」

そうかもしれない。案外、自覚しないうちに眠りについているものだ。自分で思っている以上に睡眠は取れているのかもしれない。